Previous/阿部政雄 対中東戦略の構築をめざして(阿部政雄

先に「拝啓小泉首相殿」と題して30回にわたってメールを送らせて頂きましたが、今後は「対中東戦略の構築をめざして」という表題で、イラクの戦後やパレスチナ問題など、中東と日本のかかわりについての小生なりの意見を披露させて頂きます。

今後とも、小生の意見の欠陥や思い違いなどを御指摘賜りますようお願い申し上げます。

阿部拝(転送歓迎)

阿部政雄200402251)小泉首相らの暴走は、日本の安全保障を脅かす
阿部政雄200403222)成功だった日比谷のワールド・ピース・ナウ
阿部政雄200403263)河野洋平衆議院議長のインタビューに感動して
阿部政雄200404064)本当の戦場は日本 ナセルの『革命の哲理』に学ぶ
阿部政雄200404135)3人の人質問題の根本的解決の中から、真の中東政策を求めよう
阿部政雄200404206)「自己責任]を問われる筆頭は--小泉首相
阿部政雄200404247)高遠さんたちは日本の誇り 「日本人よ、汝の価値に目醒めむべし」
阿部政雄200405128)巨大な野獣に打ち勝つシンクタンクを築いていこう
阿部政雄200405189)心の交流をもっともっと イラクは忘れがたい毅然とした文化の国
阿部政雄2004052310)「世界における日本の役割」は「活日本人」「活憲法」で行こう イスラムにも通じる「敬天愛人」
阿部政雄2004081611)イラクの復興への努力と、われわれの精神的立ち直りを同時進行させよう
阿部政雄2004082112)イラク、アラブの人びとと、日本人の心を結び付けるものは、文化や芸術の力
阿部政雄2004090613)新渡戸稲造から今学ぶもの(1) センス・オブ・プロポーション
阿部政雄2004092114)新渡戸稲造から今学ぶもの(2) 身近な義務をまず果たせ

1)小泉首相らの暴走は、日本の安全保障を脅かす

                            2004年2月25日
 今、小泉首相は、「イラクの復興、人道的援助のため」と称して、陸、海、空の自
衛隊を遥か海の彼方のイラクに派遣してしまった。「専守防衛」などどこ吹く風とすっ
かり「他衛隊」に変身してしまった。

 しかも、「イラク戦争」そのものが、誇大な宣伝にもとづく「不正義の戦争」とし
てブッシュ・ブレア両首脳へのブーイングが彼の国々で高まる中、巨額の血税を使い、
自衛隊員を「殺すか、殺されるか」という危険な戦闘地域に派遣するツケは、早晩、
日本が払うことになろう。

 意気揚々と重装備の三軍の出発を見送って、小泉首相も石破防衛庁長官も満足気で
あるが、一度(たび)自衛隊がイラクのゲリラあるいは民衆のデモに発砲しようもの
なら、自衛隊が木っ端みじんに爆破してしまうものは、日本自身の憲法ばかりではな
い。イラクや、アラブ、イスラム諸国全体と完全に敵対関係になることについて考え
たことがあるだろうか。それが、国際協調、なかんずく発展途上国といわれる国々と
の貿易に頼る、資源のない日本の前途にどんな破局をもたらすか、政治家にとって
「イロハのイ」でなければならないはずだ。

 昨年暮れのNHKの番組「21世紀 日本の課題 安全保障」の中で、後藤田元副総
理の次の言葉は噛みしめるべきと思う。
「イラクへの自衛隊派遣は国の転機ともなるほどの重大な事柄ではないかと思います
ね。それだけに自衛隊派遣は慎重のうえに慎重に、そしてまた知恵を出して、同時に
また外交努力と平行しながらよく考えて頂かなければならない事柄ではないかと。早
急に決断をすべき問題ではないという気がしますね。」
しかし、小泉と石破の両氏は、まるで法を無視し、警官の制止も振り切って遮二無二
オートバイを走らせる暴走族のガキ大将どもと言ったら言い過ぎだろうか。

 京都新聞によれば、自衛隊のイラク派遣に反対する滋賀県大津市の牧師ら5人が、
19日「自衛隊派遣は憲法違反で、首相の派遣命令は私的な戦争行為の準備に当たる」
として、小泉首相を刑法の私戦予備容疑で捜査するよう求める告発状を大津地検に提
出したという。また、全国の市民1262人が23日、派遣差し止めと違憲の確認、
さらに原告1人につき1万円の慰謝料支払いを国に求める訴訟を名古屋地裁に起こし
たという。こうした市民の集団提訴が、全国各地で展開されている。

    サマワの人びとが「閻魔(えんま)顔」にならない保証はない

 確かに、サマワの族長達は「自衛隊を守れ」と、歓迎ムードに包まれているという
報道がなされている。しかし、広いイラク南部の一地域に過ぎないサマワの人びとが
自衛隊に敵意を抱いていないということは、これまでアラブの地を軍靴で踏みつけた
こともなく、アラブの血で手を汚したことのない「親日感情の沁み通った肥沃な大地」
と謳われたアラブの伝統的な日本への憧れの反映であろう。

 また、とりわけサマワでは、自衛隊が学校の修復、給水施設の建設などを実現して
くれる、深刻な失業の解消に自衛隊が取り組んでくれる、という期待があるからであ
ろう。この期待の大きさは、それが空手形になることがあれば、その反動は恐ろしい。
それは、だんだんと自衛隊が、アメリカの占領当局と表裏一体の関係にあることが
鮮明になるにつれ、サマワの人びとばかりか、イラク国民全体が「ニコニコ顔」から
「閻魔(えんま)顔」に変わっていくこと必定であろう。いわゆる四面楚歌にならな
いとも限らない。

 既に、自衛隊に宿営地を貸すサマワの地主側は「賃貸料を支払え」などと書いた抗
議行動用の横断幕を用意。約20人が19日、宿営予定地の近くに集まった。しかし
知事が急きょ、地主代表を公舎に招き抗議行動の延期を要請し、地主側が受け入れた
ばかり。この問題も長く尾を引きそうだ。

 とくにサマワ北西のシーア派の聖地カルバラには、3月初めのイスラム教シーア派
の宗教行事「アシュラ」に合わせて数百万人規模の大移動が予想され、そのうち数十
万の信徒の巡礼がサマワ周辺を通過するという。陸自主力部隊到着と同時期に当たり、
治安への悪影響も懸念されるという。自衛隊にとっても大きな試練となるであろう。

 こうした不測の事態が発生したとき、中川秀直自民党国対委員長が言った如く、小
泉首相は現地に飛び、事態を見極め、自衛隊の撤退をも検討する義務がある。いかに
「古今無双」の丸投げ名人でも、こうした事件が発生した以上、「皆の者、良きに図
らえ」ではすまないだろうし、今後の日本に禍根を残さぬよう陣頭指揮をすべきだ。
要するに、後藤田副総理の言葉のように、「慎重に、慎重に」「知恵を出し合い」
「外交努力」を積み重ねなかった結果が、日本の前途を暗くしたと言うことを深刻に
考えて欲しい。「匹夫の勇」では困る。

 随分と昔の話しで恐縮だが、かって、故ドゴ-ル大統領が池田首相と会見した後で
「余は日本の首相と話し会ったという印象よりも”トランジスタ-の商人”と話した
という印象を受けた」
と新聞記者に語ったことがあった。池田首相は何故ドゴ-ル大統領に対し
「われわれ日本人は、平和の商人だ。中東地域の人々の大量殺りくに使われる兵器を
扱う”死の商人”とは訳が違う」
と一矢報いるべきではなかったかと残念に思ったものである。

 次は、中東経済研究所所報No.5、1976年に掲載された記事から。中東調査会
会長の中山賀博氏の
「日本は経済活動ばっかりやっている、エコノミック・アニマルだ、というような議
論も非常にあるけれども、しかし、経済に徹するということは、ある意味で非常に高
度な政治的なポリシ-かもしれない」
との発言にたいし、元外相の大来佐武郎氏は、
「確かに経済の割合が大きいのだけれども、政治的、軍事的に相手に恐怖を与えない
というのは、いまも日本のもっている、ある意味では一つの力であるかと思う」
と述べている。

 筆者も長いアラブとのつきあいの中で、「日本の経済成長の秘密は、日本が独自の
平和主義を貫いたためである」と指摘するアラブの学者に一度ならず会った。なんと
言われようとも「平和主義」を貫くことこそが広島、長崎、東京大空襲を始め戦争の
悲惨を体験した日本人の役目であり、それをまた世界に呼び掛けるべきではないか。
それを、外国の大統領との話し合いに舞い上がって、日本の進路を戦前回帰に切り替
え、膨大な予算を使って日本を世界の孤児にするなど、ご先祖様にすまない、子孫の
ためにも申し訳ないと思わないだろうか。

 ここまで書いていたら、空耳かもしれないが、ネオコンとイスラエルの高笑いが聞
こえて来たような気がする。

 この「対中東戦略の構築をめざして」は今後とも、出来るだけ頻繁に書き続けてい
きたいと思う。乞うご期待。

阿部拝

2)成功だった日比谷のワールド・ピース・ナウ

                            2004年3月22日
       世界に災いをもたらす”元凶”を見つめよう
 3月20日、日比谷の「ワールド・ピース・ナウ」に行きました。この集会を準備
した方々、本当にご苦労さまでした。

 ピース・パレードに参加するのは、半年、いや10か月ぶりですが。何しろ5月に
なると76才ともなると、いくら気持だけは若くても脚が弱ってもうデモは無理です。
ふと昔知った「傘がない」という井上陽水の歌も思い出したが、幸い傘はあるので、
季節の変わり目か左足が少しうずくのを我慢しながら、地下鉄に乗り、参加しました。

 雨の中とはいえ、大変な参加者の数で熱気に溢れていました。野外音楽堂に入る前
に親しい人々の顔を見て、来て良かったと思いました。雨のせいか、音楽堂は座って
いる人が少なく、割に簡単に舞台の近くに行くことができました。

 中に入った途端、沖縄からの力強い連帯のメッセージが披露され、喜納さんのトーク
とライブが始まっていました。喜納さんの「われわれは新しい文化を生み出していこ
う」は正に同感です。「フランス国歌」はフランス大革命の中で、エジプト国歌は1
919年の反英独立運動の中で、アルジェリアの国歌はたしか、対仏独立戦争の中で
中でつくられました。人はヒューマニズムを守る戦いの中で、新しい文化を生み出し
ていくものだと思っています。喜納さんの「アリーラン」も「花」もパンチの効いた
絶唱でした。感謝です。

 熊岡さんの話しも、カンボジア市民フォーラム以来の真摯な活動体験に裏打ちされ
た内容豊かな話しでした。とくに「人道支援」「復興援助」はまやかしで、一部企業
の私益のためで、真の国益を損なっているという言葉は的を得た重要な指摘でした。

 米軍人家族の会のロバート・スミス氏は、父親と兄を第2次世界大戦やベトナム戦
争の非条理さゆえに、自殺したり、廃人になった家族をもつ方です。また、彼自身も
湾岸戦争に参加、イラク戦争では反戦運動に参加した経験から、自衛隊を日本に呼び
戻すことの必要性を諄々と訴え、感動的でした。

 日本弁護士会の藤原真由美さんも、日本弁護士連合会が会をあげて自衛隊派遣に反
対していることを、その憲法違反の理由を明確にしながら、自衛隊を撤退させる必要
を訴えたことが心に強く印象づけらました。藤原さんの話しでは弁護士連合会には2
万人近い会員がおり、全員、自衛隊派兵反対とのこと。これは日本国民が誇りに思っ
ていい事実です。憲法改悪派は、永田町でこそ多数を誇っているが、広い日本人の間
では、ほんの僅かの魑魅魍魎(ちみもうりょう)の類いにほかなりません。それに国
会議員の中に自衛隊派兵反対を訴えている方々ももちろん、今はやむなく「馬鹿殿様」
につきあっている国会議員にも内心忸怩たる者がいると思っています。

 ポーランド大統領は「イラク戦争の正当性についてブッシュ大統領に騙されていた」
と怒ったが、ブッシュが大ウソつきなら、その大ウソを今でも正当だと言っている小
泉氏は詐欺罪を構成していないだろうか。小泉氏と国民の討論会など必要だと痛感し
ました。

(不思議なことに音楽堂に入るころから、少しひきづり気味だった左足の痛みがなく
なっていて、正常に歩けるのにびっくりしました! この日比谷に雨にも関わらず多
くの人が参加しているという頼もしさや、聞いた話が一つ一つ胸にストンと落ちる立
派な内容だったことに感激したのでしょう)

 さて、最後のゴッドプレスの合唱と朗読はとても良かったと思っています。平均年
令60才とのことですが、小生が知らない曲が多いのは残念でした。

是非おねがいしたいのは、戦後の最初の「うたごえ運動」の頃、感銘深く歌った与謝
野晶子の「ああ君死にたもうことなかれ」を是非復活して欲しいということです。時
間が取れればゴッドプレスに入会したいくらいです。幸い、この詩は、小生も国際委
員の一人を務めている日本ペンクラブの電子文藝館ですぐ見られます。
http://www.japanpen.or.jp/e-bungeikan/index.html
http://www.japanpen.or.jp/e-bungeikan/poem/yosanoakiko.html

 島崎藤村をはじめとする明治以来の文豪から現代の作家にいたる歴史的作品、詩、
短歌、俳句、戯曲、シナリオ、ノンフィクション、評論・研究、随筆、小説、児童文
学、評論、反核、反戦の作品が閲覧できます。アスファルトジャングルというか、
「人情紙風船」というか、日本ばかりか世界を覆う荒れ地のなかに、こんこんと湧き
出る心のオアシスです。楽譜は音楽センターにあると思います。

 是非、全国的に「君死にたもうことなかれ」が復活して欲しいものです。日本にも
こんな素晴らしい詩があったことを、若い方々に知って欲しいのです。珠玉の日本文
学です。

 最後に一言申したいのは、ブッシュ、小泉のいかさま師は(ふたりだけをあげるの
は、彼らがそれぞれの国の最高責任者だから)早晩「自ら播いた種」を刈り取らなけ
ればならない時期を迎えるということです。

 しかし、それは一日も早い方が良く、長引けば長引くだけ、イラクでも、日本でも、
アメリカでも必要以上に罪のない民衆が犠牲にされてしまいます。

 昨日の集会での演説を聞いていても、日本の平和運動もすこしづつ運動のフォーカ
スが合ってきたこと、そして平和を守るという点で、世界の多くの人々の連帯の輪が
広がっているということを実感しました。

 これから大事なことは、こうした世界に戦争と不幸を振りまいている元凶が誰かを
しっかりと把握する必要があると思っています。孫子の教えのように「敵を知り、己
を知らば百戦危うからず」なのです。

 元凶は、ネオコンとシオニズムです。アメリカの単独行動主義の主役ネオコンと、
1949年の国連加盟の時の約束事項(パレスチナ難民の帰還権など)も反古にして
「ここは神の約束の地」と称してパレスチナ人を追い出したり、抹殺を図る人種差別
の権化イスラエルなのです。この2つの勢力が狙うのは、イラクのパレスチナ化でしょ
う。

 これについてまた寄稿しますが、小生の言いたいのは、世界に災いをもたらしてい
る元凶をほっておいて小さな敵を想定して相争っていると、この元凶(2つの頭をもっ
た大蛇)の常套手段である分割支配(devide and rule)の政策によって、人類が滅ば
されてしまうという危惧です。

 これは実に大きな問題で、ここで論じるには時間が足りません。又の機会にしたい
と思います。

では、また

阿部政雄拝

3)河野洋平衆議院議長のインタビューに感動して

                            2004年3月26日
      もっと日本を誇りに思う政治家を期待したい
 戦中派のしんがり組の小生には、国会議員が圧倒的に戦争を知らない世代になって
しまった実情に、一抹も二抹も日本の前途に不安を抱いている。

 そんな中、5月25日の朝刊に載った河野洋平衆議院議長の朝日新聞とのインタ
ビューは「保守政界の代表的なハト派的論客として、そして戦後世代への橋渡し役と
しての直言」として内容ある論考で、「ここに真の政治家あり」との思いを味わった。

 国会の議席が自民党と民主党で92%を占めることになってしまった今、「何を聞
いても首相からは同じ答えしか返ってこない」と野党がぼやくのではなく、質問技術
を駆使して縦横・上下から聞いて本音・本当の問題をえぐり出す努力の必要性がある
こと、さらに「行政府の長である首相は、国民に答えるという意味で、しっかり丁寧
に答えてほしい」などなど全くその通りと思った。

 「自衛隊より外交努力を」と説き、日本は米国一辺倒であってはならないこと、
「テロリストを肯定するつもりはありませんが、テロをやる理由があってそれが解決
されればテロをしない人たちなのかどうかも、もう少し考える必要がある」との発言
も重みがあった。

 さらに、「戦争の歴史、先輩に学べ」の中で、「若い議員は自分の見える範囲は深
く突っ込んでよく知っているが、そのことが全体の中でどういう位置にあるのか、考
えている人があまりいませんね。みんなで盛り上がって『行けえ』と言っている瞬間
に、その議論が外から見たらどう映るかも考えないといけません」という結語は、今
冷静に噛み締めるべき忠告だ。

 河野議長の話は多岐にわたり含蓄に富むので、ここでは最後の、背中に張りついて
振りかえっても見えない、この50年・60年の日本の歩み・歴史をもう一度確かめ
る重要性について一言したい。

 今、はっきり言って、若手の議員に、国防問題については立て板に水を流すように
雄弁な論客がわんさと輩出しているのは、ちょっと異常な現象に思えてならない。日
本が戦争に巻き込まれ、武力行使になったとき、それがどれだけ多くの人々に壮絶な
苦痛を与えるか、また、その惨禍から立ち直るにはどれほど長い道のりを要するのか、
自分自身・家族・国民の立場になって真剣に考えるべきだ。

 それには、まず、「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平
和のとりでを築かなければならない」と言うユネスコ憲章前文を繰り返し反復して読
むべきである。河野議長の言葉のように、「テロをやる理由があってそれが解決され
ればテロをしない人たちなのかどうかも、もう少し考える必要がある」のではないか。

 要するに、軍備増強とか、自衛隊を「他衛隊」に変質させて、遠いイラクまで派遣
するなどということは、言うなれば下の下の策であり、そうならないように、もっと
堂々と自国の平和主義に自信を持って戦争の勃発をくい止めるべき役割を果すべきで
あった。後知恵だが、日本がもっとしゃんとしてアメリカに忠告していれば、あの戦
争も現在のような悲惨な結果にならなかったかもしれないとさえ思う。まして大義も
なかったことが当事国の米英両国でも批判の対象にされている現在、小泉首相は不徳
を詫びて、高い身分にともなう政治家の義務(ノーブレス・オブリ-ジュ)として、
昔だったら切腹、今なら、頭を丸めて辞職して然るべきと思う。

 ところが、言いたくないが、戦後のアメリカによる「民主化」が成功してきたせい
か、政治倫理は劣化を極め、そうした恥ずかしいとか不名誉といった羞恥心は、多く
の政治家の辞書からは消えてしまっているようだ。小泉首相に問責しても、「ノーブ
レス・オブリージュだと! そんなのお前代わりに字引きで引いておけ」と言う返事
しか返ってこないの関の山だろうか。

 また、最近ボウフラみたいに湧いて来ている国防問題オタクの若い政治家たちに読
んで欲しいのは、次の文章である。

 「われらは、
  個人の尊厳を重んじ、
  真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、
  普遍的にして、しかも個性ゆたかな文化の創造を
  目指す教育を普及徹底しなければならない。」

 これは、ユネスコ憲章からでも、また世界人権宣言からでもなく、列記とした日本
の教育基本法の前文である。

 戦中派としての若い国会議員へのお願いは、最低限度、日本が世界に誇る教育憲章
とも言うべき教育基本法ぐらい良く読んで咀嚼しておいて欲しい。

 また、最近、社民党の田英夫参議院議員の発言をメール上で詳しく読んだが、前か
ら言われているように、憲法9条をマッカーサー元帥に進言したのは、幣原喜重郎首
相であった。

 先にあげた教育基本法といい、平和憲法の第9条といい、みんな日本人の持つ創意
から生まれたものであった。われわれは、日本人の持っている世界に貢献しうる潜在
力にもっと目覚めるべきである。

 日本の歴史、日本人の持つ素晴らしい可能性に注目しないで、戦争ごっこの専門家
になるのはよして欲しい。小泉さんが「教育改革」を言うのなら、自前でつくった日
本憲法第9条と教育基本法を大事にする人物でなければ国会議員のバッチを偉そうに
つけないように図らって欲しい。日本人としての国籍すら疑わしくなるような「デラ
シネ」(国籍不明の根なし草)の政治家など余り見たくない。死んであの世に行った
時、戦争で亡くなった人びとにどう申し開きが出来るだろうかと今から気がかりになっ
ている。

 とにかく、河野衆議院議長の言葉にもあるが、「定年制によって戦争経験者を全員
排除したい」などと、猛然と要求する若手の議員ばかりになりかかっていることは胸
がキリキリ痛む思いだ。このことは、また「大きなエネルギーを使って憲法改正に没
頭するほど、わが国には何の問題もないのか」と言う議長の言葉から、小生は、もっ
と憲法や教育基本法を尊重して、世界に胸を張ることの出来る仕事は山ほどあるとい
う警告と受け止めている。

 年寄りを邪魔にする議員は、政治は若い未経験者だけに向いていると言うのであろ
うか。では彼らは、年をとったら、必要がなくなると言うのと同じでナンセンスであ
るばかりか、謙虚さもなくなった「恐るべき子どもたち」(アンファン・テリブル)
である。

 どうか、自国の歴史すら知らない、防衛だけ、憲法改正だけに没頭する「専門馬鹿」
にならないで欲しい。そんな「葭(よし)の髓(ずい)から天のぞく」ような視野の
狭さで、真の国際貢献のできる日本は築いていけないだろう。また、国際社会でも日
本は段々と孤立していくであろう。

 真の国際主義とは inter-nationalism でなければならないと新渡戸稲造博士は説か
れている。まず、真の inter-nationalism の立場に立つには、日本を誇りうる国にす
ることが必須なのである。戦中派の小生は、まごうかたなき熱烈な愛国者である。し
かし、日本を誤れる戦前に引き戻そうとするアナクロニズムの右翼思想の持ち主では
なく、平和憲法や教育基本法を日本の宝と考える愛国者なのである。

 選挙前は、民主党に期待もした。しかし、憲法改正論者が多数を占める現在の民主
党にはあまり期待がもてなくなってきた(良質な議員がいないわけではないが)。ま
た、官僚の準備した片言節句を丸暗記して答弁している猿芝居の「エテ公」(すみま
せん。もっと上品な形容詞を探したのだが出てこなかった)みたいな言語不明瞭な頭
領をおし頂いている自民党も、この際「余りにも米国一辺倒」でない党首を探すこと
をお勧めしたい。今のような首相では、国民をなめっぱなしにしているでははないか
と無生に腹が立ってならない。日本人をあまり見くびってはいけませんよ。

阿部拝

4)本当の戦場は日本 ナセルの『革命の哲理』に学ぶ

                             2004年4月6日
 イラクの情勢が激動する中で、筆者はここ数日来、徹底した平和主義者、故ナセル
大統領が著した『革命の哲理』を無性に読みたくなった。無血革命をモットーとし、
ファルーク国王に財産まで持たせてアレキサンドリアの港から国外に出航させた。シ
リアがエジプトとの連合を破棄して反乱した時も「アラブ人がアラブ人の血を流すべ
きか」とエジプト軍を撤退させた。確か、その書の中で、ナセルは「本当の戦場はエ
ジプト」という言葉を使っていた。それを再確認したかったからだ。

 その言葉は『革命の哲理』の冒頭の部分にあった。イギリスの半植民地的王制を倒
し、新生エジプト共和国を実現しようとする秘密結社『自由将校団』を結成していた
ナセルたち青年将校は、1948年5月に始まった第1次パレスチナ戦争に派遣され
た。しかし、王宮に巣くう腐敗した武器商人に、銃砲が自分の手の中で破裂するとい
う不良品を持たされて戦場に送られたため、イスラエルと苦戦を強いられた。ファル
ーガではイスラエル軍に包囲され、殲滅の危機に立たされる。このときのことをナセ
ルは次のように語っている。

    ナセルの同志のカマール・エッディーン・ホセイン(自由将校団の一人、の
   ちの文部大臣)が「アハマッド・アブドゥ・アジ-ズ(自由将校団の一人、パ
   レスチナで活躍した愛国義勇団指揮官)が死ぬ前になんと言ったか知っている?」
   と尋ねた。
   「なんと言ったかね、彼は?」とわたしは問い返した。
    ホセインは沈んだ声で、そしてさらに沈んだ表情で言った。
   「聞きたまえ、ガマール君『われわれが最大の努力を払う戦場。それはエジプ
   トなんだ』」と・・・
    ナセルは続けて書いている。
   「ファルーガは敵に包囲され、大砲から飛行機から猛烈な集中砲撃をあびてい
   る。われわれはいま、包囲されて塹壕生活をしている。われわれはだまされ、
   準備する間も与えられずして戦争にかり出されたのだ。われわれの運命は、権
   欲と謀略と野望の犠牲に供されたのだ。そしていま、手に武器一つなくされて
   いるのだ」と。
    そこまで考えてくると、わたくしの心は突然戦線を越え、国境を越えて故国
   エジプトの上に及んでいるのに気がつくのであった。そして自分に言い聞かせ
   るのである。
   「これこそ、まさにはるかなる母国なのだ。エジプトこそ、規模の拡大された
   ファルーガなのだ。ここパレスチナで起きていることは、母国エジプトで起こ
   りつつあることの縮図にしかすぎない。」
   「母国エジプトもまた、数多くの困難な問題と敵の包囲に攻められている。母
   国もまた騙され、準備も整わないままに戦争に追いやられ、そして、その運命
   は権欲と謀略と野望のもてあそぶまま、武装するいとまもなく、敵の包囲下に
   さらされているのだ」と。(『革命の哲理』ガマール・アブド・エル・ナーセ
   ル 林昂訳 筑摩書房「世界ノンフィクション全集17より)

 筆者がこの本の中で最も感銘を受けたのは、「本当の戦場はエジプトだ」というア
ジ-ズ大尉の最後の言葉であった。この言葉は、その後長く、そして今まで筆者がひ
たすらに従事してきたアラブ諸国を中心とした国際連帯運動の主柱ともいうべき原則
であった。

 一年前に開始された「イラク戦争」も、イラクの石油資源を独占するための火付け
強盗の戦争(そしておいおい判ってくるであろうが、同時にイラクのイスラエル化を
目指すシオニストのシナリオに基ずく戦争)であった。ブッシュ政権のこの非人道的
戦争のために、どれだけ多くの罪のないイラク人が殺傷され、肉親を失い、劣化ウラ
ン弾を浴び、住居すら破壊されてきたことか。

 今、多くの日本人がイラク人の苦しみを少しでも軽減するために、多大な努力を払っ
ている。それは、まぎれもなく、不当な占領の下にあえぐ人々を救おうという、いわ
ば「義を見てせざるは勇なきなり」という日本人の優しさ、強さであると思う。しか
し、同時に、われわれにとって忘れてはならないのは、やはり「本当の戦場は日本な
のだ」ということだ。

 そもそも、この戦争で米英に「全面協力」を誓ったのは、まぎれもなく日本の首
相であった。イラク復興支援国会議では、参加した73ヶ国がその復興費用として見積っ
た550億ドルに対して330億ドルが公約された。日本が約束したイラク復興支援50億ド
ルの内訳は、無償資金協力が15億ドル、有償資金協力が35億ドル(2007年までに実施)
となっている。勿論これは、すべて日本国民の税金である。それに自衛隊の派遣費用
も財務省は、04年度予算の135億円と、03年度の予備費支出と合わせて377億円と
している。しかし、これは治安がうまくいっての話しであり、米軍の占領政策の継続
に対しては当然、民族的抵抗は激しくなっていき、占領の費用はうなぎ上りであろう。
そのツケは、国民の肩に重くのしかかってくる。

 聞くも恐ろしいが、すでにアメリカは、主権譲渡後に、4000人規模の米国大使
館を開設する準備を進めており、同時に多数のユダヤ人がアラブ人の名を使ってイラ
クの土地を買い漁っているそうだ。「イラク戦争」の真のシナリオライターはシオニ
ストたちと前にも書いたが、サダムフセインの評価はさておき、アラブの中で唯一イ
スラエルに楯つくイラクを敗北せしめた今後は、イラクのイスラエル化を急ピッチで
進めようとするだろう。当然のことながら、誇り高いイラク人の民族抵抗は、パレス
チナ人と同様に激化していくことは必定だ。

 このような悪夢の実現を食い止めるのは、現在では国連組織しかないが、その国連
を国連憲章に基づく世界平和と基本的人権を守る堅牢な牙城に育てて行かねばならな
い。そのためには、やはり「各国自身が自分の国を戦場」として、国連憲章やあらゆ
る国際法に恥じない立派な国に変えて行く努力しかない。

 かつて1970年代にイギリスの歴史家、アーノルド・トインビー教授が「パレス
チナの悲劇にたいして、全世界の人びとすべてが、たとえ僅かづつであっても責任を
持っていることを知るべきだ」と述べたのはこの意味である。

 参議院選挙を控え、5月の連休にも小泉首相が電撃的訪問をして、ポイントを稼ご
うとしているとも聞く。サマワの砦の中で、周辺のイラク人の声が、日本歓呼の声か
ら、親日ならぬ嫌日、反日へと「四面楚歌」の声に変わらぬよう、ナセル大統領の言
葉を噛み締めて欲しい。「今日も暮れいく異国の丘」に立ち、自衛隊員即時撤退まで
含め、悔いを千載に残さない策を練って来て欲しい。『革命の哲理』A4見開きで
40ページに満たない小冊子、自衛隊員の愛国心のためにも、是非配賦してきて下さ
い。国を愛する日本人ならストンと胸に落ちると思う。

 サマワと言えばメソポタミア、「2つの川の間」を意味する地から、つい「川中島
の合戦」を思い出すが、小泉首相、頼山陽の詩にあった「流星光底長蛇を逸す」にな
らないよう、中東の真の平和と復興のため、イラク派兵について誰もが納得する結論
を持って帰ってほしいと心から思う。もう「白木の箱」を見たり、「岸壁の母」など
二度と見たくない。この問題はサマワの自衛隊の問題というより、「小泉さんがブッ
シュの立場を尊重するか、日本人や世界の諸国民を大事にするかの貴方の心の問題だ」
と信じている。

阿部拝

5)3人の人質問題の根本的解決の中から、真の中東政策を求めよう

                            2004年4月13日
 今回のイラクでの日本人人質事件は、日本政府にも、民間のイラク支援運動の諸団
体にも大きな衝撃を与えた。「災い転じて福となす]とも言う。事件発生以来、ここ
数日間での日本政府、NGO諸団体、与野党政治家の動きを振り返って、次のような
ことを総活してみた。一日に250通ぐらいメールをいただき、嬉しい悲鳴もあげた。
十分意をつくせない面が多々あるが、時間的制約もあり、戦中派の巫女としての気持
を伝えたい。

印象強く思ったこと

1、政府のうろたえぶりと無策が浮き彫りにされ、追米一辺倒が露呈した。官邸も外
務省も、まるで外交の基本原則などわきまえぬ素人集団のような対応振りであった。
こんなドタバタを繰り返していると、世界中から軽蔑を招くばかりではないか。小泉
首相、川口外相は「ブッシュの後ろ立てがあるから大丈夫」とでも思っているのだろ
うか

2、一方、民間の団体はいち早く、また広範な活動を展開し、3人の人質解放を求め
て活発に行動した。国民運動としての方向へ動いていることが嬉しい。何とかそこま
で持っていかねばならない。

3、イラク側も、有力なメディアの「アルジャジーラ」をはじめ、多くの報道機関が
この問題を広く伝えてくれたことは有り難かった。宗教指導者による呼びかけも心強
く、誘拐犯罪についての討論も民主的であった。

4、イラク国民と日本国民との、国民レベルでの「心のパイプライン」がつながり、
それが太くなっていきそうである。1973年のオイル・ショック以来、はじめてイ
ラクと日本の国民の連帯の歴史が始まる。

5、一方、国民のサーバントであることを全く忘れた、アホで、無知で、外国の元首
に卑屈になり、そのくせ日本国民には威張ることにのみ突出した御殿女中や外国の
ペットには、この際「願い下げ」いただきたい。
(こんなことを書かねばならないなんて、日本人としてご先祖様に申し訳ない)

6、「テロに屈するな」と聞いたふうな科白を吐くなら、ファルージャでの無法な掃
討作戦で600人のイラク人の命を奪い、千数百人を傷つけている蛮行にたいして
「こんな国家テロはすぐ止めろ]と啖呵の一つも言えるようなら一人前の人間であろ
う。後生だから、外相だの、防衛庁長官だの、まして首相だの偉そうな顔をしないで
ほしい。

6、あるメールによると、休刊になった「噂の真相」によれば、小泉氏は慶応大生の
ときに強姦事件を犯し、警察で調書を取られ、ほとぼりを冷ますために財界の大物の
はからいでロンドン留学に送られたそうだ。これをアメリカの諜報機関に握られてい
るため、ブッシュにばらされると恐いから、ブッシュの思いのままに操られていると
いう。これが事実でないことを祈る。日本のために小泉氏は、猛然とブッシュに「屈
することなく」抗議してほしい。ここらあたりに、小泉氏のあやしげな「うすら笑い」
の源流があるのではないかと勘ぐりたくなることがある。

7、この小泉氏のスキャンダルを利用して、日本を操縦しようとするやり方は、アラ
ブとの石油の直接取り引きを実行しようとして田中角栄首相を政権から追い出すため、
ロッキード事件をロスアンジェルで発表し、彼を失脚させてしまったアメリカの謀略
の奥深さと恐ろしさを思い出す。ゴッドファーザー顔負けのマフィアの世界である。
いや21世の初頭をのっしのっしとのし歩く「双頭の大蛇-シオニズムとネオコン」
でしか出来ない所行である。パレスチナ、イラクなどで発揮されているこの国際的謀
略の元凶と戦わなければ、人類の未来は惨たんたるものになってしまう。

 今回の不幸な人質事件を通じて、われわれ日本人も、明るい未来についてのビジョン
を持とう。われわれ人類が本当の力を発揮するのは、正にこれからだと思う。モロッコ
の学者エルマンジェラ教授の言葉のように、まさに「野獣と人間との戦い」である。
輝かしい文明を築いてきたわれわれが野獣に負けるなんて、そんな馬鹿げたことがあ
るだろうか。ねえ小泉さん。

阿部拝

6)「自己責任]を問われる筆頭は - 小泉首相

                            2004年4月20日
 人質となって解放され、昨日帰国した5人の方々に本当にご苦労さまとねぎらいの
言葉を贈りたい。あまり文章が長くなるとお疲れでしょうから、箇条書きにします。

1)まず、5人の方々に心からのお礼を申し上げたい。皆さんの働きは、日本とアラ
ブの人々の心と心を結ぶ意味で、歴史に残りそうなお仕事をされた。アルジャジーラ
を通じてアラブやイスラムの人々に伝えられたばかりか、イラクの聖職者協会の人々
がどんなに正義を愛し、また日本への暖かい親愛の情を抱いていることが、日本のマ
スコミの中で吐露されたことの意義も大きい。

 今度の事件で、初めてイラクの人の生(なま)の声を聞くことが出来たと2、3の
知りあいのかなり高齢な方から、丁重なお礼の電話を頂いた。イラク人の心に触れた
と深く感激されておられ、手段があったら感謝の気持を伝えたいとのことであった。
筆者は、あれは、良識を持っている大多数のイラク人の心情で、筆者が過去アラブに
半世紀も携わってきたのも、その友情にささやかでも応えたいためだったとお話しし
た。

2)このように、今回拘束された方々は、コリン・パウエル米国務長官の言葉のよう
に「危険を知りながら良い目的のためにイラクに入る市民がいることを日本人は誇り
に思うべき」だと思う。そして今度マスメディアに現われていないが、実に頼もしい
若い日本人が育ってきたことに、何か新しい日本が生まれようとする胎動を聞く思い
がして嬉しい。

3)現在の日本の政府が真っ当な政府ならば(つまり憲法の精神が判っている政権な
らば)、こうしたボランティアの人々を国家で表彰し、感謝しても可笑しくないし、
日本政府が礼にかなった対応をしていれば、世界の多くの国々、特にアラブ、イスラ
ム諸国はこれだけ素晴らしい素質を持っている日本人を代表する日本政府だけのこと
はあるわいと見直す好機となったはずであった。しかし、現実は、日本の良さを保持
している日本国民の中で、これぞ日本の首相だ、外相だと胸を張って威張れる人は皆
無だ。もっとも永田町の界隈や霞ヶ関の一部には「蓼食う虫も好き好き」「藪(ブッ
シュ)こそ楽しい我が家」と思っている御人もいるのだから世話はない。しかし、首
相だの、大臣だなどと大見得を切る以上、日本の名誉にかけて、もう少し、その官職
にふさわしい言動をしてほしい。とにかく、今回の日本政府の対応ぶりは、早晩、日
本の外交史上の汚点となることだろう。

4)さて「自己責任」の問題。これがもっと肝心なことだが、「丸投げ名人」のタイ
トルホルダーの稀代の首相、小泉氏はまだあの「正義なきイラク戦争」に対して早々
とブッシュ大統領に「全面協力」を誓約したが、一体全体その根拠の「説明責任」を
なんら果していない。この誓約のために、国論が沸騰し、国会が荒れ、ろくな審議も
せずに自衛隊を派遣した。その費用も桁外れの国民の血税である。福祉、教育予算も
随分犠牲にされたと聞く。

 ははーあん、高遠さんたちに「自己責任論」を声高に持ち出して、この問題に火の
粉が飛んでくるのを先制攻撃をかけて目くらましという手段だなと勘ぐりたくなる。

 こんな弱い者(しかも国の誇りともいうべきことをやっている人々)に不当な費用
を払わせようというのなら、まず説明責任を果せ、その上で国民と政府で対等に(と
いっても本来国民の方が主人公だということも忘れては困る)話し合おうではないか。

 文部文化大臣殿、一体、今の国会議員の中で、憲法が分るだけの教養人が何%いる
か、至急調べて公表してほしい。これは貴方の義務ですよ。失礼ですが、憲法精神分
りますか。

 汚職の伏摩殿、外務省、禿鷹の跋扈し、魑魅魍魎の巣くう永田町(全部などとはい
いませんよ)の誰の入れ知恵か知らないが、「自己責任論」を大上段に振りかざす姿
は、まるでブラックジョークである。世界に知れればお笑い草である。

 この一週間もの間、皆さん非常に熱心です。一日300通、ときには400通もメ
ールが入るので、仕事を抱えて、図書館にいって調べる時間がないのが残念なのだが、
何時かメールで誰が書いていた小泉首相が慶大生当時、レイプ事件を起こし葉山署あ
たりに記録が残っているというじゃないか。ロンドン留学もそのほとぼりを冷ますた
めとも書いてあった。それをネオコンに握られているため、貴方はブッシュの言うま
まにされているという。これも日本人として義憤に耐えない。小泉さんに「そんなこ
とはデマだ。謝れといってほしい」。そうそう忘れていたが「靖国参拝」も違憲判決
を下されたっけ。やれやれ、これの「自己責任」も果してほしい。

 いやはや世話の焼ける宰相だこと。決して政治家たるもの「修身斎家治国平天下」
たれなどと難しいことは言わないけれど、せめて人なみの温かい人情をもってほしい。

 われわれ日本人は「今日も暮ゆくサマワの駐屯地」に不安な毎日を送る自衛隊の隊
員や家族のことが気がかりだ、何時の日か訪れるアメリカとイラク国民の一大争乱の
中に巻き込まれるようなことのないよう、早急な自衛隊の撤退を真剣に考えるべきで
ある。

 こんなことをあれこれ考えていたら、18日のテレビ朝日の番組で、自民党の久間
章生幹事長代理は、イラクの治安情勢悪化に関し「自衛隊は(イラク人勢力に)銃を
向けることはない。相手が銃を撃ってくれば撤退する以外にない」と述べたという。
サマワで活動中の自衛隊員が直接銃撃されるような事態になれば、即座に撤退すべき
だとの考えを示したものだが、この見解は立派だと思う。自衛隊の撤退については、
加藤紘一、亀井静香、古賀誠氏らの指導者や河野洋平衆議院議長も憂慮の発言をして
いる。

 民主党の中にも生方幸夫議員をはじめ、小沢、横路の指導者も含めて73名の衆参
両議員が「自衛隊の撤退」を求めたという。共産、社民の両党ももちろん撤退を求め
るだろうし、「国乱れて忠臣あらわれ」の例えの如く、与党内でももっともっとこの
声は広がっていくのではないか。またそれが国民の声と一体化するするのを切に望み
たいし、そのために努力すべきだと思う。

 言いたいことは山ほどあるが、最後に如何に一国の大統領が、自分の医者の忠告ま
で退けて、他国の内戦終結に命がけで働いたかというエピソードをご紹介したい。筆
者一人の胸にしまっているだけではあまりに勿体ない。
______________________________________
「こうしている時にもアンマンでは人が死んでいるのです。私が死と競争している
のが判らないのですか。」
 ナセル大統領はこう言って医者のすすめを退け、ヨルダン停戦の実現に、文字どお
り命をかけたというヘイカル氏の追憶の一節を私は深い感動をもって読みました。最
高責任者としてのたくましくも、また悲しきこの高貴なるナセル精神はすべての政治
家の導きであります。
 ナセル精神は死なず、世界に真の平和が到来するまで、それは生き続けなければな
りません。ここに慎んで哀悼の意を捧げます。
      1970年10月   元外務大臣 三木武夫
______________________________________
               アラブ連盟東京事務所月刊誌『アラブ・レビュー』
              (ナセル大統領追悼号ー1970年10月15日号)

 この哀悼の辞は、1970年9月29日にヨルダン内戦の終息のために昼夜を分た
ず奔走し、その停戦協定が成立したのを見届けて、52才の若さで急逝したナセル大
統領(当時はアラブ連合共和国)の追悼号によせられたものであった。

 「こうしている時にもアンマンでは人が死んでいるのです。私が死と競争している
のが判らないのですか。」というナセル大統領の言葉にも、人命の喪失を命がけで食
い止めようとした崇高なヒューマニズムに魂を揺さぶられる思いがする。

 同時にまた「最高責任者としてのたくましくも、また悲しきこの高貴なるナセル精
神はすべての政治家の導きであります」という故三木武夫首相の真摯な弔辞も胸を打
つ。

 筆者は現在、「こうしている時にも、ファルージャでも、イラクの全土でも、パレ
スチナでも、無慈悲な爆撃、銃弾によって、その最高指導者の暗殺ばかりか、罪のな
い多くの人びとの命が奪われていること」を考えると、日本が追米一辺倒の政策を続
けるとき、アメリカの共犯者として、多くの無辜の人びとを死にいたらしめている罪
の深さに戦慄する。

 対中東戦略の構築をめざして(4)に書いたように「本当の戦場は日本」だと
つくつぐ思う。

阿部拝

7)高遠さんたちは日本の誇り 「日本人よ、汝の価値に目醒むべし」

                            2004年4月24日
 最近は、一日350通近く送れらて来るe-mailの中に、高遠菜穂子さん・今
井紀明さん・郡山総一郎さんへの、札付き政治家や御用マスコミの卑劣な誹謗や中傷
に対して、心ある多くの日本人の気遣いや励ましが目立つようになってきた。

 「しんがり戦中派」として、写真家の藤原新也氏の日記の「一億総無責任時代の中
の“自己責任”の大合唱にはゾッとする」実感を味わされている。昭和16年12月の対
米戦争が始まった当時の言論圧殺の頃の雰囲気がまたぞろ再現してきた感じがする。

 高遠さんたちの行動は、パウエル米国務長官やフランスのルモンド紙が述べた如く
「日本の人々はとても誇りに思うべき」であることは当然であり、「自己責任論」は、
23日付けのニューヨークタイムズ紙でも指摘されているように、世界のいい物笑い
の種になっている。

 日本の政府が真っ当な政府ならばこれらの人々を国家で表彰し、感謝してもおかし
くなく、「自己責任」を問われ、その無責任さを糾弾されるとしたら「正義なきイラ
ク戦争」に全面協力を早々と誓約した小泉首相であるべきことは先号にも書いた。

 それが、にわかに3人に対して故なきバッシングが澎湃として湧き起こった背景に
は、高遠さんたちへの「自己責任論」を声高に持ち出して、自衛隊派遣を含めて自分
の責任問題に火の粉が飛んでくるのを場違いの先制攻撃で目くらまししようという作
戦だと思う。9・11事件の直後、ブッシュが、その真相解明への世論が沸騰する前
に、早々とアフガニスタン空爆に踏み切ったのと同工異曲である。こんな姑息な手段
を使わねばならない所に、小泉政権のうろたえぶりがうかがえる。

 本来だったら、PTSD(心的外傷後ストレス障害)になるべき立場にあるのは、
小泉、川口、石破、冬柴といった人びとであるが、いづれも「三百代言」宜しく、
「ウソとごまかし」の強弁にかけては天才肌の人びとなどで、ストレスなどにかかる
ような優雅な神経なぞ持ち合わせていないお人柄ばかりのようだ。

 さて、今回の日本のボランティアの人々が海外では高く評価されているのと極めて
対称的に、小泉首相を筆頭とする永田町や霞ヶ関村の一部の悪徳政治家や官僚が、
「日本の良心」とも言うべき人々をさも悪いことをしたかのように騒ぎ立てる姿を見
ていると、テレビの人気番組『水戸黄門』を思い出す。自分たちの悪行の数々をひた
隠し、外国のゴッドファーザーの威を借りて、「弱きをいじめ、強きにへつらう」悪
代官や馬鹿殿様がやりたい放題の政治を行っている姿が、今の小泉政権である。しか
し、そんな無法はいつかは終わりが来るであろう。

 その証拠は、テレビ番組『水戸黄門』の人気が高いことにも示されている。日本人
の心の底には、悪を憎み、善を愛する正義の精神が根底にあるのである。『忠臣蔵』
が(独参湯ーどくじんとう)と呼ばれ、どんなに芝居小屋が不入りでも、忠臣蔵を舞
台に乗せれば、たちまち小屋は超満員になると言われるのも、その顕著な例であろう。

 『ザ・ラストサムライ』の影響もあったであろうが、日本では最近、新渡戸稲造著
『武士道』(平民道とも言える)が、奈良本辰也訳をはじめおよそ100万部以上売
れているという。このことからも、日本人自身が正義を求め、暖かい情けを持つ素晴
らしい国民性を持っていることを裏づけている。筆者はこの視点から、高遠さんたち
の活動を見るべきだと指摘したい。

 いうなれば、高遠さんたちのボランティア精神というのは、困っている人、弱って
いる人を救おうという「義の精神」にほかならない。こうした心こそ、日本人の優し
さと強さを持った日本の鑑(かかみ)、いや、宝といえよう。

 イラクやアラブ、イスラム諸国で日本人への親近感が存在するのも、こうした多く
のボランティア、ジャーナリストの方がたの存在あればこそである。この人びとの働
きがあればこそ、日本人とイラク国民の心と心のパイプラインがつながったことは大
きな成果であったとつぐづぐ思う。礼をいってもバチが当たらないくらい立派な行動
なのだ。

 筆者はかねがね「日本人よ、二つの宝を失うな」というメールを書いたことがある。
二つの宝とは、平和憲法と日本国民自身を意味する。

 これまでアラブの人びとは、明治維新以来、封建的農業国家を世界有数の技術工業
大国に乗し上げ、西欧の大国ロシアに勝利したことから、(もっともアジア地域では
多くの過ちを犯したことは間違いないが)、アラブ中東の人びとは、自国を軍靴で踏
み付けられた経験がなかっただけに、日本を”アジアの輝ける一番星”として敬意を
表し、日本を「まだ見ぬフィアンセ」として憧れの気持を抱いていたという。

 そして、第2次大戦後、日本は戦争放棄の平和憲法を制定して、これまで一兵たり
と海外に派遣せず、平和産業の発展と貿易の促進により、世界有数の工業国家に成長
したことに尊敬の念を抱いていた。

 日本の戦後の著しい発展の秘密は、いつにかかって平和憲法と優秀な知識と技術を
持つ日本国民のたまものだと断定している人に会ったことがあるし、そうした文章を
幾つか読んだこともある。昨年、イラクの将来の憲法は、日本の平和憲法を模範にし
たいというイラクの知識人の話が話題になったことも記憶に新しい。
 戦国の武将、石田三成を歌った和歌に

    三成にすぎたるものが二つあり
        島の左近に 佐和山の城
   (島左近は三成の優れた家老の名)

があるが、今の日本の永田町政治にとって過ぎたるものとは、
1)平和憲法
2)潜在能力を持ちながら、永田町政治では決して有効に活用されない日本国民
だとかねがね思いつづけてきた。今それがやっと世界から高く評価されようとしてい
る。トインビ-教授やオバービー博士のように、平均的日本人以上に日本憲法の意義
を把握している知識人、あるいは一般人の数は増えていくことであろう。それは、日
本の柔道が世界の「ジュウドー」になっていったと同じように、平和憲法の真価が世
界に通用する日も必ず来るであろう。また、日本人としてもその実現に努力するのが
戦争で亡くなった人びとへの責務だと思う。

 伏魔殿、永田町の「三文オペラ」もこれがテレビ番組であれば、黄門様が出てきて、
「助さん、格さん、少し懲らしめてやりましょう」のひと言で、大立ち回りの末、
「静まれ、静まれ、この印籠(憲法)が目に入らぬか」で、一件落着となるところだ
が、今の永田村では「憲法の有り難さ」の判る政治家の数が極度に少なくなってしま
った。悲しや「毒まんじゅう」中毒症の政治業者のパーセンテ-ジが多くなり過ぎた
のは痛恨の極みである。

 しかし、こんな高校生以下の憲法認識がまかり通るのも永田村だけの話であり、広
い日本の津々浦々、ましてや命をとしても民族の主権を守ろうという世界の人びとは、
日本の政治の中枢にこんな爬虫類みたいな政治家が跋扈していると知ると、「これが、
わが恋せし日本か」と驚き呆れるに違いない。「百年の恋も一気に醒める」思いを味
合わせてはならない。

 何時来るか判らかない、来ないかもしれない「黄門様」の出現を待つのではなく、
坂本竜馬がいったように、この「日本を選択すべき候」の時期が来たような気がして
ならない。要は、われわれがたとえどんなに小型であれ、水戸黄門にも、助さん、格
さんにもならねばならない。なんだか、段々講談調になってきたので、この辺で一席
の読み切りとさせて頂くことにしたい。

 高遠さんたちの問題は、われわれ日本人にもっと日本人を誇りに思い、日本人自身
の価値に目覚めるきっかけにしたいものである。

阿部拝

8)巨大な野獣に打ち勝つシンクタンクを築いていこう

                            2004年5月12日
 今、米英兵士によるイラク人収容者虐待事件のおぞましい写真が、次々に明るみに
出てきている。川口外相がこれは「ジュネーブ協定違反」だとか、安倍幹事長も真相
の究明、再発防止、責任者の処罰を要求し「米国はイラク国民にキチンと説明してほ
しい」と述べたという。

 ただ「イラク国民に説明してほしい」という前に、小泉政権、自公与党は、まるで
大義ない「イラク戦争」に「全面協力を誓って」自衛隊を他衛隊に変身させてまでサ
マワに派兵した。これを悔いているかどうか、日本国民にこそまずキチンと説明して
ほしいものだ。

 アメリカ占領を支えるために送られたサマワの自衛隊員は、さぞかし無念の気持を
噛み締めていると思う。小泉首相が「これがアメリカの民主主義というのなら、自衛
隊も帰還させ、本当の意味での人道支援やイラクの復興を日本のNGOや企業に任せ
たい」とブッシュ政権に言えば、イラク国民をはじめとするアラブ諸国民、いや世界
の人びとが「さすが日本だ」と見直してくれるだろう。そんなにブッシュ政権に気を
使うより、日本国民のことを優先してほしい。日本の政治家なら、まず日本人の幸福、
そして世界の人びとの幸せを考えるのが当然なことではないか。日本国民より、アメ
リカに色目ばかり使う人びとこそ「反日的分子」だと戦中派の小生は思っていた。あ
あ、情けなや、何が因果で、とうとう日本もここまで落ちてしまったのかと暗涙を飲
む思いがする。

 勤労学徒動員中の16才の時の1944年の秋、軍需工場の片隅で、上級生から日
本の兵士の中国大陸での蛮行ぶりを無理やり聞かされた時のことを思い出す。それは
「聖戦」のために戦っている「日本の兵士」が中国大陸で、平和に暮らす中国の民家
に押し入り、食糧を強奪し、女性を樹にくくりつけて輪姦し、果ては銃剣で突き殺す
という凄まじい話であった。「大東亜共栄圏」を文字どおり純粋に信じていた軍国少
年だった筆者の受けた衝撃は、真っ青だった空が黒雲に覆われ、自身が底知れぬ奈落
の底に突き落とされたような気持であった。軍国少年と決別したのはその日であった。

 現在、石油のためにイラク人をジェノサイドしてもかまわぬというネオコンや、
「ナイルからユーフラテスまで」という旧約聖書の文句を「神の約束した」居住権と
してイラクを第2のイスラエルに変えるという恐ろしい国家的犯罪の仲間に日本を引
きずり込もうとするシオニストの目論見が一歩一歩進められている。日本は絶対アメ
リカとイスラエルの走狗となる愚かしさを演じてはならない。それは、今後の日本人
をどんな悲惨な境遇に追い込み、また中東地域の諸民族を痛みつけていくことになり、
「アメリカの属国」と堕ちた日本として世界に後ろ指をさされ、弱体化していくこと
は必定であろう。日本の未来のためにも、もっと真剣に「真の対中東政策」の樹立を
考えねばならない。

 これも言いたくない話しだが、全部の国会議員とは毛頭思わないけれど、永田町特
産「味付け毒まんじゅう」をほおばるのが病み付きになってしまった方々には、「修
身斎家治国平天下」などといった教育の基本などとっても邪魔になってきているので
はないだろうか。「国家百年の大計」など大げさなことは言わないけれど、せめて
「5年先」「10年先」のあるべき日本のビジョンをもって欲しい。「一寸先は闇」
だなんてヤクザ顔負け(尤も、やくざの中にも「緋牡丹お竜」のような仁侠やくざも
いるので一概に否定したくないが)のコップの中の政争はいい加減に幕にしてほしい。
皮肉を言いたいためにこんなことを書いているのでないことは、是非御賢察下さい。

 小泉首相は4月1日に、厄よけで有名な「川崎大師」(川崎市川崎区)にお参りし
たと新聞で知った。10年に一度の本尊「厄よけ弘法大師」の大開帳。首相は本尊が
置かれた大本堂での法要に参列した後、この時期だけの特別なお守り「赤札」を授け
られ、「世の中が平和でありますように。皆さんにも厄よけ、健康で御利益があり
ますように」と笑顔を見せたとのこと。筆者が思うに、日本にとっての当面の厄よけ
は、サマワの自衛隊の人びとが不慮の災難にあったり、誤って現地の人を殺めるといっ
た不幸な事件が起る前に撤兵の準備をさせるべきではないかと思う。それにしても、
ネオコンといい、シオニズムといい、膨大な予算を使って、世界の政治家の性格、経
歴、実力を丹念に調べ上げているだけあって、「アメリカとならどこまでも」という
稀代の首相を日本で見つけ出したのは、さすがにこの双頭の大蛇(ネオコンとシオニ
ズムという2つの頭を持った大蛇)はお目が高いと舌を巻く。小泉さん、サマワでは
オランダ軍の死者も出始めているのですよ。

 なにしろ、大量破壊兵器を隠匿しているからと一方的に疑ったイラクに、劣化ウラ
ンやクラスター爆弾など大量破壊兵器を惜しみなく投下して一万人を超す無辜の人び
とを殺したアメリカや、「神の約束した地」としてイラクの土地の買い占めに動きだ
し始めたイスラエルなどと比べれば、オペラや歌舞伎三昧(そのこと自体は悪くは無
いが)、なんとかミスの美女たちに花束を贈られてヤニ下がったり、靖国が違憲判決
となったため、川崎大師詣でに切り替えてご満悦な小泉氏は、全く御しやすい政治家
なのであろう。アフガニスタンやイラクのあとは、「狡兎死して走狗煮らる」の譬え
のように、今度は日本が料理される番になるのではないかと気になってしょうがない。
すでに日本の経済はアメリカの禿鷹ファンドの餌食になっているのは御存じの通りで
ある。

 1848年の『共産党宣言』(マ二フェスト)の書き出しは「一つの妖怪がヨーロッ
パを徘徊(はいかい)している。共産主義という妖怪が」であったが、今日の「マニ
フェスト」なら「一つの巨大な野獣が世界をのし歩いている『双頭の大蛇』という野
獣が」と書かれるのではないか。

 この巨大な野獣を退治するには、世界中の平和と幸福を願う広範な人びと、とりわ
け第3世界の人びとの結束した力で立ち向かうしかない。それはモロッコのエルマン
ジェラ教授が『第一次文明戦争』で述べたように、人類対野獣の戦いなのである。十
五年戦争を丸ごと生きてきた筆者は、いづれ、人類の側が、その最大の武器、「真実」
の広がりの中で、勝利を収めることは確実だと思う。しかし、われわれが今、努力し
ないと、膨大な数の罪ない人びとが犠牲となり、莫大な人類の富が失われて行くこと
も否定できない。

 色々な集会や映画会などへの誘いを頂くが、76才ともなると、よほど自分に関係
した会にしか出れない。帰宅後疲れてパソコンで文章を書く気力が衰えてしまうこと
もある。しかしながら、パソコンやインターネットなどは涙が出るくらい便利なツール
である。インターネットがなかったら、筆者は孤独の中に埋没していたであろう。吉
田松蔭は「飛耳長目」の重要性を説き、萩の松下村塾でも世界の大勢や日本の政治の
動向に絶えず気を配っていた。今では、優れた翻訳者グループの献身的な努力により、
イラクやアメリカなどの情勢が詳しく知ることが出来るようになった。

 パレスチナ問題、イラク問題、自衛隊派遣、教育基本法改悪、年金法改悪、石油問
題、地球温暖化、貧窮など様々な問題は、底でつながっている。筆者はこれらの問題
解決に向けて真摯に努力している人びとに心から感謝を捧げたい。小生はこれらの人
びとの御努力を糧として、筆者でなければできないこと、つまりイラクやパレスチナ
など中東の問題、さらにその日本との関係を長いスパンの歴史的観点と、東西・南北
の要の位置にある日本の役割を筆者なりに描いていくことが自分に課せられた使命で
あると思っている。

 このことを教えていただいたのは、1959年、当時の一ツ橋大学学長であった上
原専録先生である。カイロで開かれたアジアアフリカ青年会議に出席するわれわれ5
人の代表団の送別会にわざわざお越し頂き、「バンドン会議と日本の使命」という題
でご講演くださった先生の御恩を今ひしひしと身に感じる。

 イラクやパレスチナ問題に真摯に携わっておられる方々が、「木を見て森を見ない」
の誤りを犯すではなく、新渡戸稲造博士の言葉を借りれば「グラースプ ザ シング
ス」つまり「大局を掴め」とあるように、当面する問題が、日本の、あるいは世界の
中でどういう地歩を占めるかを把握するよう努力され、自己を大きく成長されるばか
りでなく、横の連携を広げられることを切望して止まない。みんなの力を結集して巨
大な野獣に打ち勝つシンクタンクを築いていこう。

阿部拝

9)心の交流をもっともっと イラクは忘れがたい毅然とした文化の国

                            2004年5月18日
 前にも書いたけれど、1945年8月15日の終戦の年までが、筆者にとって「1
5、16、17才と私の人生暗かった」時期であった。

 旧制中学に4年生となった16才の月からは、学校教育は全面閉鎖となり、昼なお
暗い飛行機の部品をつくる鋳物工場に配置されたときは、「青年らしい夢」は最早
こっぱみじんとなった思いであった。

 いずれ、中国大陸や南方の戦線に送りだされる日を待つ「あと2年の命」と同級生
の誰もが覚悟した。そして工場の片隅で、八代亜紀の「舟唄」で歌われる「ダンチョ
節」で 「沖のカモメーと飛行機乗りはヨー、どこのみ空でヨ、果てるやらダンチョ
ネ-」と一人呟くように歌ったものだ。

 16才の時は「あと2年の命」と覚悟したが、戦局はますます不利、1945年の
春頃からB29による空襲が激しくなり、6月頃だったか、豊田市郊外の山中に疎開
中の工場へ艦載機が襲ってきて、森の中に逃げるわれわれを機銃掃射する若いアメリ
カ兵が執拗に追っかけてきた。生と死は踏切遮断機のように明滅しだした。アメリカ
の若いパイロットの残虐さは、今のイラクでの収容者虐待が二重写しになって浮かん
でくる。

 死ぬまでに一冊でも多くの古典を読んでいこうと、少人数のグループで読書クラブ
をつくっていたので、「哲学入門」(三木清)、「出家とその弟子」、「たけくらべ」
「真山青果全集」などを一日一冊主義で読んだ。大げさに言えば、戦後を経て今のい
ままで毎日、「戦争と平和」「生と死」を考えるきっかけになった。戦後は、スエズ
戦争、アルジェリア独立運動、パレスチナ解放運動、イラク戦争などを経つつ、アラ
ブ連盟などに勤務していた関係で、アラブと関わりながら「真に生きる道を」考えざ
るを得なかった。

 戦争中の中学3年の英語のリーダーに載っていた次のロングフェローの詩はとても
好きだった。高射砲陣地建設などで時間を取られ、授業で直接教わることはなかった
が、戦後、拙訳をつくった。

        『矢と歌の行方』   H.E.ロングフェロー
    わたしは矢を大空に放った
    矢は私の見知らぬ大地に落ちた
    飛び去る矢は余りにも早く
    その行方を追うことなどできはしなかった

    私は大地を大空に向かって歌を唱った
    歌は私の知らぬ大地に消えた
    流れ行く歌の行方を
    見定める力など誰がもとう

    幾多の歳月が流れ去ったのち
    私は樫の木にその矢が折れてささっているのを見た
    そして、いつかの私の歌がそっくりそのまま
    友の心に宿っているのを知った

 俳優、森繁久弥氏もよほど気に入ったようで、ときとして舞台やテレビで朗読して
いたのを思い出す。

 最近、国会議員や友人にメールを頻繁に書くようになった。ときとして「色々参考
になった」「もっと続きを読みたい」と感想や激励などを頂くことがあり、感謝して
いる。グーグルやヤフーなどにも引用されたり、これこそインターネットの絶大な威
力と思っている。

 自分が書いた文章を読み直して、自分自身を再発見することがある。小生のこれま
で書いた文章をまとめてクリックできるようにアレンジ頂いた友人のホームページを
紹介したい。
http://kasai-chappuis.net/阿部政雄/
内容は、
    イラクは本当に「ならず者国家」か?
    替え歌
    活憲
    対中東戦略の構築をめざして (現在進行中)
    テロ呼ばわり
    新渡戸稲造
    拝啓 小泉首相殿
    パレスチナ問題の基本的知識
と、筆者の主要な論文が網羅されており、無用な文章の繰り返しを避けることが出来
るばかりか、言い足りなかったこと、さらに内容を掘り下げる上で大変な助けになっ
ている。

 戦時中、空襲を警戒して夜空ばかりを眺めていたせいか、夜空に色々夢を描いたも
のである。それは死ぬまでに古典を一日一冊読むべしという読書クラブのお陰もあっ
たが、あれから還暦を経て丁度76才になったが、できることなら、もうひとまわり
還暦を迎えるくらいの気構えで、アラブのことや日本のことを伝えるメッセンジャー
の仕事を続けたいと思っている。

 しかし、戦争中、たとえ20才前に死んだとしても、一日一日を精一杯生きること
が本当に生きることだと悟ったように、イラクの5000年前の偉大な文学『ギルガ
メシュ』の主題であるように、人間は不老長寿ではあり得ない、一日一日を立派に生
きることが永遠に生きることだと信じている。

    明日ありと思う心の仇桜
      夜半の嵐にふかむものかは
である。

 皆さんに是非お願いしたいのは、小生の文章について、これは「異論あり」「この
点は良かった」「この問題をもう少し掘り下げてくれないか」などなど、色々注文を
頂きたいことです。

 小生は本当にアラブの人びと、特に最後の頃よく行ったイラクの人びとが懐かしい。
こんなことを書くと阿部は矢張り気が触れているのではないかと思う方もあろうが、
戦時中読んだ、

    山のあなたの空遠く  幸い住むと人のいう
    ああ、われひと 尋(ト)めゆきて
    涙さしぐみ 返り来ぬ
    山のあなたになお遠く  幸い住むと人のいう
      (カール・ブッセ、訳:上田敏)

という詩があった。そう、イラクは何回も何回も行ってみたい国なのだ。短い文章で
は誤解を生じるので、またつぎの機会にお話したい。ハリウッドの名画「モロッコ」
のラストシーンで外人部隊の一員として出発するゲ-リーク-パーを追いかけるため、
伯爵夫人の求婚を断って、裸足になって砂地をかけて行くデートリッヒの気持が痛い
ほど分かる。あの強大なネオコンとシオニズムの怪獣の前に敢然と挑戦するイラク人
の強さ、人間的優しさに教えられるのは、いつも自分の方だとつくづく思った。イラ
クの人たち、みんな無事で生きてくださいよう。ぼくらも頑張りますよ!

 アッ、いけない! 東の空も早やあのように明け染め、雀のさえずりも喧しくなっ
てきました。この続きは、またいずれ。ぜひとも、小生(男シェへラザード)の論文
集を忘れないでクリック下さいませ。
http://kasai-chappuis.net/阿部政雄/

阿部拝

10)「世界における日本の役割」は「活日本人」「活憲法」で行こう

イスラムにも通じる「敬天愛人」

                            2004年5月23日
 孫子の兵法には「敵を知リ、己を知れば百戦危うからず」と書かれてある。

 ところで日本の自衛隊はイラクに派遣されてしまったが、一体、自衛隊が、いや日
本が、イラクの復興やパレスチナ問題の中でどんな役割を演ずることが出来るか。そ
れにはまず、中東の実情を深く知ると同時に、日本とは、日本人とはを問い直し、国
際社会に占める日本の地位をしっかりと見極めることだと思う。そして「われわれの
なしうること、なすべきこと」を明確に把握することが大切だ。それは日本人の再発
見にもつながる重要なテ-マである。

 ところが、日本の場合、敵を知ろうとするのでもなく、自らの力を見極めることも
なく、ただアメリカとの同盟関係の大事さということで猪突猛進、匹夫の勇を振るっ
ているだけの話にしか思えてならない。一蓮托生式にアメリカのネオコンの餌食にさ
れるほど、日本とはそんなに安っぽいものでは断じてないのだ。

 われわれはもっと日本の歴史、日本人に誇りをもつべきである。アラブと付き合う
上で、世界と交渉する上で、日本人としての立派な精神を持っていることを誇りとし、
自信を持ってほしい。

 実際に、アラブ諸国をしばしば訪れた私は、宗教心の強い現地の人から、よく「日
本人の宗教は何か? 君は神を信じるか?」という問いを二度、三度と聞かれたもの
だ。宗教心の厚いアラブ諸国では当然であろう。

 「イスラムを信じるか否かで」で長い論争をしたことがあった。筆者は「イスラム
の教えは道徳的に高いものを持っている。またこの世界を真剣に学ぶのをイスラム教
徒の義務としている。イスラムの素晴らしさには敬意を払っている」と答えたが、相
手は、「敬意だけではなく、信じてほしい」と迫ってきた。筆者の答えは「今の段階
ではまだ全面的に信じるという所まで認識が高まっていない。神に偽ってまで、信者
と言うことはできない」と返事して、了承して貰った。

 そうしたとき、筆者はいつも、日本人は日本独自の道徳をもっているのだ、という
思いにかられた。後知恵ではあるが、私は、西郷隆盛の「敬天愛人」という言葉に表
された精神こそ、日本人の心に宿る基本的倫理である。このことを告げるべきだった
と、後悔したことを思い出す。

 日本人の精神的バックボーンとは何か? この問題については矢張り、100年前
に書かれた新渡戸稲造博士の「武士道」より優れた書物は現われていないと思う。

 3月6日の朝日新聞の「私の視点」に掲載された「武士道ブーム 平和こそ新渡戸
氏の願い」(岩島久夫氏、元防衛研究所戦史部長、(財)新渡戸稲造基金教育部会専
門委員)は、簡にして要を得た感銘深い文章であった。

     日本人が今、日本人の心の基盤が何処にあるかを求めているように、新渡
    戸稲造博士の『武士道』が売れている。米映画『ラストサムライ』の公開で
    脚光を浴びたこと、先には台湾の李登輝前総裁が「『武士道』解題」なる著
    述を上梓、日本人に「新渡戸稲造先生の武士道精神を取り戻せ」と発破をか
    けたことの影響もあろう。

     イラクに派遣された自衛隊指揮官が出発に際し、「武士道の国の自衛官ら
    しく、規律正しく堂々と取り組みます」と述べたとも報道されていた。

     しかし、長年にわたり、新渡戸博士の著作に親しんできた私は、博士が存
    命ならば、必ずや「イラク戦争反対」「自衛隊派兵ストップ」と声を大に叫
    ばれたであろうことを疑わない。「武士道」は、決して戦争を勧める書では
    ない。新渡戸博士が、あの書で明らかにしようとされたことは、第1章に
    「道徳体系としての武士道」とあるように、当時の指導階級たる武士が果す
    べくして果せなかった日本人社会の精神的基盤と育成と責任、及びその功罪
    についてである。

     制度としての武士が消滅した後、博士は、
    「武に重きを置くよりは、平和を理想とし、且つ平和を常態とすることが至
      当であろう」
    「武士を理想、あるいは標準とする道徳もこれまた時世遅れであろう。それ
      よりも民を根拠として標準とし、これに重きを置いて政治も道徳も行う
      時代が今日まさに到来した」
    と記し、平和を理想とする「平民道」を繰り返し説かれた。

     こう見てくると、新渡戸博士がその生涯を通して訴えたかったことは、武
    士道そのものの称揚にあるのではなく、今日の武士に相当する社会的指導層、
    すなわち政策決定に従事する政官財民のリーダーたちの真摯なる平和への取
    り組みであったことは明らかである。「武士道」が軍国主義再興に利用され
    るようなことがあってはならない。

 筆者は2004年の正月に話題の映画「ラストサムライ」を見た。正月のせいもあ
り満席だったが、思ったより若い人が多く、いや半数以上が女性であったことにも驚
かされた。もっともこれは、トム・クルーズがお目当てだったのだろうか。パンフレ
ットの中の、若い人々の感想にも心強いものがあった。「予想以上の出来に感動」、
「武士道の精神性は日本人として大切にすべきではないか」、「サムライの熱い生き
方に共感し、ともに生きることを誓ったアメリカ人。日本人の心を垣間見た」など...

 エドワード・ズウック監督も「武士道」の心酔者であるが、主演のトム・クルーズ
も公開記者会見で「サムライになれ!」、「武士道こそが、国境を超えて人類普遍に
持つべき精神」と熱く語ったという。

 明治維新直後の日本に、南北戦争の英雄ネイサン・オールグレン大尉(トム・クルー
ズ)が、帝国軍に西洋式の大砲の扱い方を教えるためにやってくる。彼は、政府軍に
反旗を翻した侍、勝元盛次(渡辺謙)と固い絆で結ばれ、滅びへと向かう侍たちの最
後の戦いが始まる…。勝元は西郷隆盛がモデルになっているようであった。

 この武士道について3月5日付けの東京新聞もまた、興味深い社説を書いていた。
     激しさを控えめな暮らしに包むサムライの生きざまは、映画の都ハリウッ
    ドにしみていった。サムライは、なぜ米国の「心」に触れるのだろう。アカ
    デミ-賞候補になった「ラスト・サムライ」と「たそがれ清兵衛」(英題、
    トワイライト・サムライ)の2作に共通するのは、忍耐と負け戦さの美学で
    あり、異文化、あるいは弱き者に注がれる、切なく優しいまなざしなのであ
    るまいか。それは、ちょうど半世紀前に公開された日本映画の代表作『7人
    の侍』に始まる正統なサムライ映画の系譜である。そして、志村喬演じる強
    く気高い浪人が、『7人の侍』のラストシーンで語るせりふに象徴される。
     「勝ったのはあの百姓たちだ。わしたちではない」
    この言葉は、ハリウッドが翻案してつくった西部劇『荒野の7人』の終幕で
    も、ほぼそのままに踏襲されていた。
     「ラスト・サムライ」のヒットとともに再評価が加速する新渡戸稲造の名
    著『武士道』の「か弱い者、劣った者、破れた者は特にサムライに似つかわ
    しい者として、いつも奨励されていた」というくだりにも呼応する。
     米国は、ただ一つの超大国だ。多様な人種と文化を丸のみにして、ひたす
    らに力と富を追い求め、その揚げ句、他国で始めた「戦争の大義」に自ら傷
    つき、苦悩する。強者故の心の乾きが、銀幕に踊るサムライの生きざまに、
    わずかでもうるおされるものなら、映画の持つ力こそ、再評価されてもいい
    だろう。

 イラク、パレスチナにおいても、いずれ勝利を収めるのは、イラクやパレスチナの
民衆であろうと筆者は思う。長い歴史から見れば、イスラエルやネオコンの将来も、
中世期の200年の間に前後十回の十字軍がアラブ遠征を試みたが、最後には失敗し、
かえってビザンチン文化やアラブ文化に触発されてルネッサンスが始まった歴史の繰
り返しになるのだろうか。

 この新渡戸稲造博士の『武士道』については、奈良本辰也訳解説による三笠書房版
が78万部も売れ、一方、講談社インターナショナルの英和対訳版が8万部という発
行部数にも現われているように、驚異的に売れている。岩波文庫の『武士道』(矢内
原忠雄訳)も同文庫の古典の部の中ではいつも第4位に入っているロングセラーと
なっている。

 出来るだけ人を殺めるのを避けようとしたのは、坂本竜馬も同じである。これは彼
の優しい心情とともに、「剣の極意は人を殺さぬ」という師匠の勝海舟の思想から学
んだのであろう。そこには「無用の殺生をせぬ」というガンジーのアヒムサ(無殺生)
の哲学に通じる深い東洋哲学がこもっているのである。「真の革命は血を流してはな
らない」というナセル大統領の絶対平和主義にもつながるし、イスラムの根本精神が
根底にあると言えよう。

 真の勇気とは何かについて、新渡戸博士は、その著『武士道』で言っている。
     プラトンは勇気を定義して、「恐るべきものと恐るべからざるものとを識
    別することなり」と言ったが、プラトンの名前を聞いたことさえなかった水
    戸の義公(水戸黄門)も、「戦塲に駈け入りて討ち死にするは、いとやすき
    業(わざ)にて、いかなる部下の者にてもなしえらるべし。生くべきときは
    生き、死すべき時にのみ死するを真の勇とはいうなり。
     いやしくも武士の少年にして「大勇」と「匹夫の勇」とについて聞かざる
    者があろうか。
「生くべきときは生き、死すべき時にのみ死するを真の勇とはいうなり」と言う言葉
は、「死すべきときに花と散り、御国(みくに)に薫れ桜花」と戦陣訓の歌を歌わさ
れた当時の旧制中学4年生だった筆者には、肝に沁みる。

 筆者はかつて「日本人よ、二つの宝を失うな」というメールを書いたことがある。
二つの宝とは、平和憲法と日本国民自身を意味する。それを認識することが世界に果
す役割を考える上で大切だと信じるからである。

 これまでアラブ中東の人びとは、明治維新以来、封建的農業国家を世界有数の技術
工業大国に乗し上げ、西欧の大国ロシアに勝利したことから、(もっともアジアで多
くの過ちを犯したことには間違いないが、)中東地域を軍靴で踏み付けた経験がなか
っただけに、日本を「アジアの輝ける一番星」として敬意を表し、日本を「まだ見ぬ
フィアンセ」として憧れの気持を抱いていたという。

 そして、第2次大戦後、日本は戦争放棄の平和憲法を制定して、これまで一兵卒た
りと海外に派遣せず、平和産業の発展と貿易の促進により、世界有数の工業国家に成
長したことに尊敬の念を抱いていた。

 日本の戦後の著しい発展の秘密は、いつにかかって平和憲法や優秀な知識と技術を
持つ日本国民のたまものだと断言する人にしばしば会ったことがある。この2つの宝
をいかに中東、いや全世界の中で活かすか、つまり「活日本人」「活憲法」の戦略を
じっくり練ることが「世界における日本の役割」を構築していくことになると思う。

阿部拝

転送大歓迎 御意見を下されば幸甚です。

11)イラクの復興への努力と、われわれの精神的立ち直りを同時進行させよう

                            2004年8月16日
 このシリーズ、続けねばと思いながら、随分長く休んでしまいました。いろいろ体
調のこと、雑務に忙殺されていたことなど理由はありますが、心の中では、戦中派と
して、あの戦争犠牲者に申し訳ないと思っていました。しかし、メールで発表した私
の意見は、北海道の友人の笠井さんのご好意で
http://kasai-chappuis.net/阿部政雄/
として丁寧にまとめて頂いていることは大変有り難いことです。

 また、Google や Yahoo 等でいろいろ検索していたとき、思わぬ所に小生の意見が
載っていたりして、驚くと同時に大きな励ましを受けました。本当にインターネット
の効力に脱帽です。有り難いことと思い、怠けていられないと肝に銘じました。

 さて、久しぶりに、この8月12日、東京で開かれた「イラクの人びとの生の声を
聞こう」という会に参加しました。講師は、国際イラク占領監視センターのメンバー
でジャーナリストのハナ・イブラヒムさんとファルージャ出身のムザッハル・モハメ
ッド氏のお2人。ハナさんは、アメリカ軍のイラク女性に対する性的虐待を中心にし
た話をされ、モハメッド氏からは自分が開いた集会はテロの謀議だという言われない
理由をつけられ不当な拘束をうけ、アブグレイブ収容所で拷問され、自宅に戻ったと
きには、家は徹底的に破壊されていたことを、生々しいビデオ映像によって報告があ
りました。

    拉致したイラク人女性の海外への人身売買

 私が特に、驚愕したのは、ハナさんの報告にあった、イラク女性を拉致して、外国
に売却するという恐ろしい集団犯罪が行われていることでした。

 イスラム社会では、女性の純潔は極めて重んじられ、これを汚せば家族の名誉を傷
つけたと厳しい制裁が加えられるのですが、かってイラク戦爭以前には、女性が深夜
一人歩きをしても安全だったイラク(私は、1982、3年に技術専門学校関連の仕
事でバクダードに駐在していたのでよく知っています)が、今では女性は誘拐を恐れ
て家に引きこもらざるをえなくなっていることは大変痛ましことと思いました。。

 女性の口からこんな報告をせねばならぬのはつらいと言いつつ語るハナさんの報告
によれば、誘拐された女性は、処女と非処女のグループに分けられ、16才から上の
処女の20人位のグループはより高い値段がつけられ、2か国(ハナさんは2ヵ国の
名前を明かすのは遠慮したいとのことでした)に売り飛ばされるそうです。こうした
実情を調査をするのも困難だということでした。

 ハナさんとムザッハル氏が強調していたのは、結局、アメリカがこんな非道な仕打
ちをそそのかしたり、実行しているのは、イラク人の誇りを粉々に破壊し、再建の意
欲にダメージを与えようとしているということです。 アブグレーブ収容所での蛮行
といい、女性の尊厳を踏みにじる所行といい、イラク人からその民族的な誇りを奪い
とってしまおうという野蛮性、獣性をさらけだしたのだと思いました。イラク博物館
の宝物を略奪したのも、バグダード大学など学校施設をことごとく破壊しようとした
ことも、幼い子どもたちを情け容赦なく劣化ウランで殺すのも、イラクが二度と再建
されないようにというネオコンの意図がこめられているのです。イラクのイスラエル
化さえ狙っているのではとの思いが心を横切ります。。

 2人の娘を持つ親として私も、自分の娘が誘拐され、遠い異国に売り飛ばされてし
まうという悲惨な悲劇が現在進行形で、実行されているなど、しかも、それが「イラ
クの解放」とか「イラクの民主化」の名の下に行なわれているなどと聞くと、胸がキ
リキリ痛む。

 そして、今年76才になった私は、還暦の60才を引いた当時16才だった戦時中
に讀んだ森鴎外の「安寿と厨子王」を思い出しました。母とともに行方の判らぬ父を
さがして旅にでた幼い安寿と厨子王を人買いに襲われ、母親は佐渡へ、二人は山椒太
夫に売られたしまう。最後の章にある寒村で稲を穂を啄みに来る雀を追いながら「安
寿恋しやほうやれほ、厨子王恋しほうやれほ」と小声で歌って入る盲いの老婆になっ
てしまった母の悲痛な歌声が今も聞こえてくるような気がします。現在、イラクでは
きっと娘を奪われた両親や家族は、このような生き地獄のような苛酷な日々を送って
いるのはないだろうか。

 今朝の朝刊をさっと流し読みしていたら、小泉首相は昨日、歌舞伎座で忠臣蔵を見
て泣けたとか書いてあった。忠臣蔵を観て感動するということは、義に感動するとい
う日本人としての魂を忘れていない証拠だと思う。しかし、本当に感動したのなら、
是非、現代の人買いともいうべき鬼や羅刹のようなこうした所行を止めさせるために
ひと肌もふた肌も脱ぐ気概を示して頂きたい。「真夏の世の夢」に過ぎなかったかも
知れないが、命を捧げて公儀の片手落ちに異議を唱えた義士たちの心に感銘して、小
泉首相に「我、不覚なりし。世界の非道な政治に堂々と異を唱えることが首相の勤め
であった」と本然と悟るということになれば、末代までの語り種(ぐさ)になるのに
と心から思う。イラクの人びとと日本人との心を結び付ける上で大きな貢献が出来る
だろうと信じる。

 わたしが言いたいのは、イラクの復興に、またイラク人のための政府に協力するの
は、難しいことではないのです。国民の税金をそんなに使う必要もない。国の良心を
自認する代議士(サムライ)諸公が、正しいことはそれを支持し、過ちがあったら相
手が誰であれ「それは改めたら」と諌めるべきだということです。まして、国の最高
責任者である首相たる者は、行住座臥。国民の模範となって頂きたい。首相の名誉の
ためにも。

 イラクの再建だの復興だのという前に、われわれ一人一人が政党政派を越えて日本
人の心の荒廃から立ち直ることが大事だと思う。まして、イラクでの悲劇が海の彼方
の惨劇ではなく、日本でも多発しそうな情況です。真のイラクの復興に貢献すること
こそ、我々日本人が精神的に立ち直るのに不可欠なことではないでしょうか。人間と
して、平和で、尊厳ある生きかたを取り戻さなければと、つくづく思う。

阿部拝

転送頂けば幸甚です。またご意見、ご批判お待ちしています。

12)イラク、アラブの人びとと、日本人の心を結び付けるものは、文化や芸術の力

                            2004年8月21日
 長い間、多くのアラブ諸国との仕事を続けてきた私は、アラブ諸国と日本との文化
交流の重要性を力説したい。今回は、7月に若いグループと披露した大正バイオリン
演歌について報告したい。約80人位の方に出席していただき、とても充実した内容
だとお誉めにあずかったのは大変な励ましとなりました。若い方々にアラブやイラク
にも、そして日本にも素晴らしい古典的名曲があることを知って頂きたいのです。

***************************************


    バイオリン演歌ショウ(7月10日上演)

(挨拶、前口上)
 本日は、ご多忙の中、御来場下さいまして、厚く御礼申し上げます。『懐かしいバ
イオリン演歌の会』でして、日本の名歌の数々を味わっていただきたいと存じます。
わたくしこと佐原新月、またチンドン吉野のしげ奴(鳴りもの)、お富さん(バイオ
リン)の3人であい務めさせて頂きます。

 歌は世につれ、世は歌につれ。まこと、歌こそは社会の鏡。その名曲は日本の財産
と申せましょう。これらの名曲、流行歌こそ、東京砂漠・アスファトジャングルの中
に住む私たちの心の乾きを癒す泉、オアシスでありましょう。

 さて、徳川幕府が江戸に開かれて300年。黒船の到来によって太平の眠りを覚ま
しました幕末の日本では、
    ♪「菊は咲く咲く、葵は枯れる、西に轡の音がする」♪
という歌が庶民に歌われ始めます。そして間もなく、
    ♪「宮さん、宮さん、お馬の前にヒラヒラするのはなんじゃいな、
        トコトンヤレトンヤレナ、
      ああ、あれは朝敵征伐せよとの錦の御旗じゃ、知らないか、
        トコトンヤレトンヤレナ」♪
という鼓笛の音とともに、薩長の官軍が西から江戸に向けて行進し、かくて明治の新
政府が樹立されました。

 しかし、薩長を首班とする新政府も、自由民権運動を厳しく取り締まるようになり、
ここに、政治的主張を演説の代わりに歌にして訴えようという運動が始まります。こ
れが「演歌」つまり「演説の歌」の始まりとなりました。明治中期には、添田唖蝉坊
があらわれ、多くの社会批判の歌をつくり、演歌はますます広がっていったはご承知
の通りです。

 演説そのままの絶叫調の歌の代表的作品として、川上音二郎の歌った「オッペケぺ」
音楽的要素はたしかに貧弱ですが、しかし、よっく聴いてみますと、その内容は充実
し、腐敗した当時の社会に対する批判の鋭さは、今でも十分通用する見事なものです。
明治23年(1899年)頃の作品です。社会的に大きな反響を与えました。

オッペケぺー節  壮士俳優 川上音次郎によって舞台で歌われました。
    権利幸福嫌いな人に 民権湯をば飲ませたい
      オッペケぺッポーぺッポッポ
    固い上下角とれて マンテルズボンに人力車
    粋な束髪ボンネット 貴女や紳士のいでたちで
    うわべの飾りはよけれども 政治の思想が欠乏だ
    天地の真理が判らない 心に自由の種をまけ
      オッペケぺッーー
      オッペケぺッポーぺッポーぺッポッポー
(第2案として、以下の節を完全に暗唱出来たら使うかもしれません。)
    物価騰貴の今日に 細民困窮省みず
    目深にかぶった高帽子 金の指輪に金時計
    権門貴顕に膝を曲げ 芸者たいこに金を蒔き
    内には米を倉につみ 同胞兄弟見殺しに
    いくら慈悲なき欲心も 余りに非道な薄情な
    但し冥土のお土産か 地獄で閻魔に面会し
    賄賂使うて極楽へ 行けるかえ ゆけないよ 
      オッペケぺー オッペケぺッポーぺッポーポー
(このオッペケぺ、若い人を含め大当たりだったことを報告します。)

次に現代のオッペケぺを歌います。
    権利幸福嫌いな人は 平和憲法よっく読め
      オッペケぺッポーぺッポッポ
    憲法9条あればこそ 一度も海外派兵せず 平和日本をうち建てた
    それが、今回、自衛隊 国民、国会まるで無視
    多国籍軍参加とは 情けないことおびただし
    イラク占領手助けと 世界の国から物笑い
    平和日本と泣き別れ 日本の「主権の移譲」だよ
    不足の悲劇送る前 とくとく帰れ故郷へ
      オッペケぺッ
      オッペケぺッポーぺッポーぺッポッポー
      もう一つおまけに ぺッポッポー

こうした歌はいわゆる壮士節と言われていましたが、今日の演歌の開幕にいたるつな
ぎの歌が書生節です、その短いのを一つ。
    ♪おいどんと 交わるような、おとーこ(男)でなければ
     真の男と いわれまい♪
(ダンチョネ節に似ている)

 しかし、絶叫型の演説的な歌は、人びとの心をだんだんとえられなくなり、聞いて
じっくり味合う文学的な歌も現われるようになりました。その代表作は、洛陽の紙価
を高からしめた明治の文豪、尾崎紅葉の傑作『金色夜叉』でしょう。そしてそのクラ
イマックスの名場面は、貫一がお宮に断腸の思いで別れる熱海の海岸のシーンです。
この頃から、演歌師は弾き語りの伴奏にバイオリンを使うようになり、バイオリン演
歌が縁日の夜広場で聞こえるようになりました。

『金色夜叉』(大正8年) 詞 宮嶋郁芳 曲 後藤紫雲
    熱海の海岸 散歩する
    貫一お宮の 二人連れ
    ともに語るも 今日限り
    ともに歩むも 今日限り

    恋に破れし 寛一は
    すがれるお宮を 突き放し
    無念の涙(なんだ) はらはらと
    残れる渚の 月さびし↓

 そして、さらに、中山晋平によって、大正6年に近代的な響きを込めた叙情的な名
曲「さすらいの唄」が作られました。トルストイ原作『生きる屍』の主題歌です。詩
も曲も美しい名曲です。これは、一代の名女優、松井須磨子が恩師島村抱月の死を悲
しみ、大正8年1月8日、抱月のあとを追って自殺しました。この歌は、須磨子の霊
魂を慰めるかのように、全国の人びとが歌い広めていったと言われています。

さすらいの歌 1番 3番(しげ奴 歌) 4番 (約3分) しげ奴・フルートと歌
 詞 北原白秋、曲 中山晋平 歌 松井須磨子
    行こうか戻ろか オーロラーの下を
    ロシアは北国 はて知らず
    西は夕焼け 東は夜明け
    鐘が鳴ります 中空に

    わたしゃ水草 風吹くままに
    ながれながれて はてしらず
    昼は旅して 夜は夜で踊り
    末はいずくで 果てるやら
(戦時中、軍需工場の中で上級生が一度歌ってくれました。すぐ覚えてしまいました。
すごい名曲だと思っています。)

 やがて、昭和3年にビクターやコロンビアからレコードが発売されるようになり、
それまでの中山晋平や鳥取春陽らの伝統的メロディ-が、大衆のこころをつかみ流行
していきました。そして昭和の初頭、日本の誇る現代歌謡曲の生みの親とも言うべき
巨匠、古賀政男が登場します。太鼓などによる小編成のジンタの演奏を聞いて西洋音
楽に目覚めたという甘さと美しさの古賀メロディーが誕生しました。そして、コロン
ビアが古賀政男と西条八十という100万ドル・コンビで、折しも昭和8年に来日し
たドイツのハーゲンべックの曲馬団のために作曲した歌が、「サーカスの唄」です。
空前の大ヒットとなりました。今もチンドン屋の奏でる曲の代表作ともなっています。

 サーカスの唄  (昭和8年)   詞 西条八十 曲 古賀政男
    旅のつばくろ 淋しいかないか
    おれもさびしい サーカスくらし
    とんぼ返りに 今年もくれて
    知らぬ他国の 花を見た

    あの娘住む町 恋しい町を
    遠く離れて テントで暮らしゃ
    月も冴えます 心も冴える
    馬の寝息で 眠られぬ

 さて、バイオリン演歌としてのノンキ節は、大正7年に添田唖蝉坊が創始しました。
その後、石田一松が、苦学をしながらバイオリン演歌で、昭和初期から当時の人気漫
画「のんきな父さん」を題材に歌いだし、世相を風刺した傑作をつくり、広汎な人び
との人気を集めました。石田一松は、法政大学を卒業、戦後の第一回総選挙で国会議
員になった気骨の政治家です。

ノンキ節
(1番(元歌) 2番(替え歌) (約1分20秒) しげ奴・ちんどん)
    ノンキな父さん お馬の稽古
    お馬が走り出して、止まらない
    坊やそれ見て 父ちゃん、どこ行くの
    おいら、知らない お馬に聞いてくれ
    はは、ノンキだね

    ノンキな小泉首相 ブッシュにまたがり
    ブッシュが走り出して 止まらない
    国民それ見て 純ちゃん、どこ行くの
    おいら、知らない ブッシュに聞いてくれ
    はは、ノンキだね

 最後に、もう一曲紹介しましょう。現在イラクのサマワに駐屯中の日本の自衛隊は、
ついに、多国籍軍に強制参加させられ、集団的自衛権行使の危機に落とされています。
日本の命運を掛ける重大な問題です。そして思い出すのは、今から100年前に日露
戦争の年、明治38年に作られた歌です、戦争の悲哀が人の心にしみじみ伝わる名曲
「戦友」です。

 次に紹介します「隊友」は、この「戦友」の替え歌で「よみ人知らず」さんが作ら
れたものに少し手を加えたものです。悲劇が起らないよう、みんなでこの歌を広めま
しょう。

元歌「戦友」の歌い出しはいうまでもなく、
    ここはお国の何百里 離れて遠き満州の
    赤い夕日に照らされて 友は野末の石の下
です。

「隊友」
    ここはお国を何万里 離れて遠きイラクの地
    暑い夕日に照らされて 友は砂漠に横たわる

    思えば悲し昨日まで 国土防衛自衛隊
    お国のためだ安全と 言われてきたのに いくさの地

    国連無視のイラク戦 アメリカ軍の身代わりに
    ゲリラの弾を身に受けて 尊い命 失いぬ

    不測の事態おこりなば 陰で泣くのは子ども女たち
    日本はイラクの敵となり ますます泥沼沈むなり

    NGOや技術者を どしどし送れ国のため
    重装備の兵士たち とくとく帰れ故郷へ
    愛する家族が 待ちまさん

(ひと言)明治、大正にはやったバイオリン演歌の中には、巷間の誰でも知っている
歌いやすい歌、例えば「一番始めは一の宮、二は日光東照宮」というお手玉歌を
「ああ金の世や金の世や、地獄の沙汰も金次第」と添田唖然坊が名曲「ああ金の世や金
の世や」を作ったように誰でも歌える易しい元歌を替え歌にするのがコツです。みなさ
ん、こんな歌を流行らせましょう。

 なお、本日の公演について、どんな歌が良かったか、あるいはどんな歌が聞きたいか、
そしてお気付きになった点などについて忌憚のないご意見を賜れば幸甚でございます。
まだまだかけ出しの小グループ『懐かしいバイオリン演歌の会』でございますので、今
後ともご贔屓、ご愛顧下さいますよう、隅から隅まで、ずずずずいーとお願い奉ります。

 小生、やっとバイオリン演歌の7、8曲はどうにか弾けるようになりましたので、地
方の場合は、一人で参れます。それと抱き合わせでアラブの歴史、文化、現状などをお
話しできると思います。顎足(あごあし)を確保頂き、多少のお布施を頂けるようでし
たら、時間的都合が付く限り参らせて頂きます。

***************************************


    バイオリン演歌ショウと「懐かしのバイオリン演歌の会」

『懐かしいバイオリン演歌の会」は、当面、佐原新月(中東研究家)、しげ奴(チン
ドン吉野所属、フルート、鳴りもの類)とお富さん(バイオリン)の3人でスタート
とします。小生、年のせいで講談界、歌謡界、作曲家、音楽家、大道芸研究会、朗読
界などに知己が多いので、一歩一歩固めていきたいと思っています。是非、お問い合
わせ下さい。この機会に、『懐かしいバイオリン演歌の会』は次のような要領で活動
をはじめます。

目的:
 日本の流行歌には、江戸の邦楽を基礎に、幕末から、明治維新による西欧の音楽に
触発され、これまで、私たちの心に沁みる素晴らしい名曲が数多く作られて来ました。
それは、ヒューマニズムに基づき、国際平和、自由民権をめざした日本の財産とも言
うべき作品が数多く含まれています。当会は、そうした名曲の発掘、紹介を通じて、
現代の若い人びとにも、日本の伝統的精神遺産を受け継いでいただきたいとするもの
です。今後、機会ある毎に多くのショウに出演し、懐かしい日本の歌の復活を通じて、
人類文化のルネサンスにささやかなりに貢献しようとするものです。多くの方々の入
会をお待ちしています。

 このバイオリン演歌を通じて、懐かしい日本の名曲を広めていこという方々は各分
野に、またメールの上でも全国的に散在していることが確認されています。一歩一歩、
こうした愛好者の輪を広げてゆこうと思っております。

主なる活動
*各種ショウに出張出演
*会報、メルマガの発行
  (特にメーリングリストを活用して全国に散在している同好の士を結集する)
*研究会の開催
 研究の対象としては、大道芸、講談、活弁、朗読、語り芸、チンドン屋、寄席芸、
都々逸、川柳などの短詩形文学、諸外国の珍らしい伝承文学(例えばアラビアンナ
イト)など広く話芸のジャンルを含む
*ボランティアの募集
 以上の目的達成するため、会報、連絡などの手伝いをして頂く方をお待ちしていま
す。「千里の道も一歩から」とにかく会を始めます。色々ご助言、ご協力下さいます
ように。

事務局は当面の間、佐原新月(本名阿部政雄、中東専門家)が担当いたします。
E-mail address       : masao-abe@hi-ho.ne.jp
Fax                  : 03-3716-5501
HP「日本アラブ通信」 : http://www.japan-arab.org

13)新渡戸稲造から今学ぶもの(1)

センス・オブ・プロポモーション

                             2004年9月6日
       ものごとの大小の識別力 さて小泉首相は?

 5000円札から新渡戸稲造博士の優しい面ざしが消えていくことになり、さびしい思
いがしている。しかし今、Yahoo JAPAN や google で、「新渡戸稲造」の名を検索す
ると23,000の項目がでてくることは驚きである。恐らく、これには「Last Samurai」
の影響が大きいのだろう。それにしても、映画の影響は凄いものだ。

 「生まれてくるのが100年早かった」という世評がある。また。札幌農学校の後
輩であった志賀重昂が「過去の教育者は福沢諭吉、未来の教育者は新渡戸稲造」と語
ったように、新渡戸博士の教えの偉大さを知るのは、これからではないだろうか。

 このセンス・オブ・プロポーションという言葉は、新渡戸稲造氏の弟子で、戦時中
の国際的ジャーナリストでもあり、戦後、国際文化会館の初代理事長として国際文化
交流に尽くした松本重治氏に、新渡戸氏が語った言葉という。「君、センス・オブ・
プロポーションということを知っているかね。大きいことと小さいことを識別する能
力のことだよ。(以下略)」(『上海時代 上』松本重治、中公文庫 p.79)

 これと関連するもう一つの言葉は「grasp the things」である。これは枝葉末節に
捕われずに、物事や問題の核心を掴めという意味である。現在の世界情勢も確かに、
複雑怪奇に見える。しかし、その移りゆく現象に目を奪われることなく、何よりその
現象の底辺にある本質を見失ってはならないという教えに外ならない。

 さて、この「センス・オブ・プロポーション」という識別力を「おらが国の総理」
はどれだけ持っているだろうか。端的に言えば、識別力などまるで縁遠いお人柄のよ
うだ。小泉首相にとっては、何よりもまず、首相としての役割の優先順序を決めて実
行して欲しい。伊達や酔狂で、国民の税金から高い報酬を受け取っているのではない
からだ。(何の因果で、こんなことを首相に言わねばならぬのだろう)

 それに小泉首相は、太平洋戦争の最中に日本が中国大陸や東南アジアで行った蛮行
の数々、沖縄の地上戦、23万人の原爆の犠牲者を出した日本の歴史など、口先は別
にして、まるで無頓着のようだ。

 具体的には、サマワに派遣の自衛隊を多国籍軍に参加させるかどうかは、ブッシュ
大統領に返事をする前に、国会で討議し、国民の意見に耳に傾ける気持が果たしてあ
ったのか大疑問点であり、沖縄国際大学での米軍ヘリコプター墜落事件を民族の主権
の問題として迅速に行動するとか、首相として行動を起こす本来の義務があった筈だ。
それにもかかわらず、芸能人やスポーツ選手と談笑して悦にいったり、美女に囲まれ
た写真がマスコミに報道されてはしゃいでいるように見うけられるのは、みっともな
いことおびただしい。下司の勘ぐりかもしれないが、首相は、本来の義務を真っ当に
遂行する能力がないから、そうしたいわば遊興的な交流に逃避しているのではないか
と思われてならない。その方が、ブッシュ大統領にとっては好都合かもしれないが。

 とにかく、国会議員の年齢が年とともに若くなり、「戦争知らない若者」から「戦
争を知らない中高年」に移行し始めている。若々しいエネルギーに満ちた政治家が誕
生してくるのは歓迎すべきことではあるが、今、イラクで同時進行している惨劇を見
るにつけ、「今日は人の身、明日はわが身」にならない保証はない、いや、沖縄のへ
リ墜落事件、サマワの自衛隊の問題など深刻な事態が日本では今、続発している。
「人間の痛みや願い」を時空を越えて感じ取るのが政治家の義務だ。もちろん「政治
家もイロイロ」であり、神ならぬ身、過ちを犯すこともあろう。それは率直に反省し、
尋常に裁きを受け、一からやり直す位の覚悟を持って欲しい。政治家としてのプロを
自認するなら、ことの是非を識別するセンスを持った頂きたい。

 こうした、「つくり阿呆」としか思えない小泉首相に対して、「殿、乱心めさるな」
と諌める声が自民党の中から、全然とは言わないが、中々出ない。「君、君たらずと
も、臣臣たらざるベからず」の時代ではないのだから、もっと自民党改革ののろしの
声が上がる方が、政党らしさのプロポーションを示すことになるのでは。

 一方、民主党の方も、野党第一党として期待したいのは山々ではあるが、「改憲と
言わざる者は民主党員に非ず」という雰囲気で、戦中派の小生にとって、薄気味悪い
ことおびただしい。サマワの自衛隊を一時引き上げさせると参院選挙前に言っていた
のに、なんだか尻つぼみ。また沖縄のヘリ墜落事件にしても、今の所、静かなること
林の如しの様子だ。いや、これから国会で大いに政府を追及するのだと希望したいが、
時機を逸しないこともセンス・オブ・プロポーションだと思う。

 それに、戦中派として一番気になるのは、もちろん、民主党の大半が猫も杓子も
「改憲」を唱えていることだが、松下政経塾の前原誠司氏(次期外務大臣だそうだ)
らの主張が、安全保障だとか国防問題となると立て板に水のように弁説爽やかになる
が、沖縄のヘリ墜落問題となると音なしの構えは、やはり無気味である。松下幸之助
氏の遺言は国防問題にウエイトを置けということだったのだろうかと時々疑問になっ
てくる。

 朝日も書いていたが、いったい、民主党は何をしようといているのか、その未来像
がよく見えて来ない。もっと堂々と自分たちの政策はこれこれだと説明して欲しい。
端的に言って、民主党の中でまともな政策を作ろうとしているは「リベラルの会」位
にしか思えない。この小生の印象は間違っているかもしれない。どうか、国民が納得
できる政策を打ち出して欲しい。さもないと、民主党も日本製のネオコンサーバティ
ブ(ネオコン)に過ぎないのでは、という疑心暗鬼の念を抱いてしまう。

 さきほど、松下幸之助氏を引き合いに出したが、財界でも、日経連が奥田会長にな
ってから、武器輸出の緩和の問題を積極的に提唱している。奥田会長の出身は、いう
までもなく、トヨタ自動車だが、このトヨタの創業者、偉人豊田佐吉翁は果たして、
「死の商人」の専売特許の武器売買など、してほしいと願っているのだろうか。武器
輸出で儲けるなど、商人として、また人間として、下の下の商法である。

 筆者も戦時中、学徒動員で、2年近く三菱の工場で働かされたが、終戦時にその報
酬は5円だったか10円だったか、受け取る権利があると知らされたが、戦後のドサ
クサでそれどころでなかったし、そんな金は激しいインフレの中で殆ど無価値であっ
た。しかし、国家総動員法のお陰で、多くの学生、徴用の人びとを使った大会社は儲
けたのであろう。

 こんなことを書いていたら、天空から声あり。「われらは先の戦争で死んでいった
アジアや日本の犠牲者だ。よッく聞け。昔の日本は国家総動員で徴用され、それが、
今の日本はアメリカに徴用され、イラク戦争に駆り出されて疲弊の道をあゆんでいる
のだ、云々」と言い残して消えてしまった。

 どうか、そんな武器輸出とか戦争で儲けようなど、邪道とも言えるさもしいことを
考えず、堅気に立ち戻り、まじめに働いて、立派に生活できる社会を作って欲しい。

 もう2週間ほど前にインターネット上で次の記事が目に入った。
    イラク支援は人材養成中心に 「自衛隊抜き」をアピール 民主党の独自案
     民主党は独自のイラク復興支援策の骨格を固めた。イラク人の官僚や教育
     者、技術者らを育成するための「教育センター」の設立や、非政府組織
     (NGO)を支援する情報拠点づくりなどが柱。自衛隊抜きの復興策を打
     ち出すことで、陸自派遣を主体とする政府の支援策との違いを明確にする
     狙いがある。(時事通信)
 これなど、センス・オブ・プロポーションにかなった立派な政策と思う。要は、口
だけでなく実行であろう。民主党がやらなければ、他の野党やNGOがやればいい。
そろそろ、国民自身の力で、日本の未来像を築きあげねばならない時期がきたのでは
ないか。

 「首ひとつ、振角衛兵獅子となり」(新渡戸稲造)
 実践をともなわなければどんな立派な案も「絵に書いた餅」ではないだろうか。

転送大大歓迎

14)新渡戸稲造から今学ぶもの(1) 身近な義務をまず果たせ

 クエーカー教徒(兵役拒否のキリスト教宗派)であった新渡戸博士が聖書の次に耽
読されたのは、19世紀のイギリスの思想家トマ-ス・カーライルの『衣装哲学』で
あった。34回も読まれた『衣装哲学』の中で新渡戸博士が生涯の座右の銘とされた
のが、次の言葉であった。

『汝がもっとも手近に横たわる義務を果せ。第二の義務はおのずからわかってくる。』

 国連総長アナン氏が「イラク戦争は国連憲章違反の戦争」と言及したのも、強い反
発を覚悟の上で、国連加盟国に改めて同戦争の意味を再検討し、国連の本来の役割に
注意を喚起したかったのではないか。アナン氏は、パウエル国務長官のイラクの大量
破壊兵器備蓄の発見断念に続いて、かねての信条を吐露したのであろう、

 ところで、あのイラク戦争について、小泉首相にとっての身近な義務というのは、
何だったろうか。言うまでもなく、原爆の被災国として、またアジア侵略という過去
の誤りを償うためにも、武力による戦争を回避するために尽力することだった。

 それが、まるでダボハゼのように、あるいはご機嫌取りの確信犯的な行動とも思わ
れるように、ブッシュ大統領の戦争政策に即座に食いついて、かくて「世界に冠たる
日米同盟」を実行してきた。「首相としての身近な義務」などは、小泉首相には殆ど
眼中にないらしく、世論に耳栓をし、鳥が飛び立つように自衛隊のイラク派兵をした。
さらに、国会や国民に一切はからずにサマワ駐屯の自衛隊の多国籍軍参加を独断的に
ブッシュ大統領に報告するなど、日本の経済にダメージを与え、国民生活を圧迫し、
とりわけ、もう取り返しのつかないような戦前回帰の軍国路線へと突っ走ってきた。
これこそ、日米開戦前の東條秀機首相のやり方でないか。これを独裁と言わずして、
何処に独裁があるだろうか。

 私事に渡って恐縮だが、実は今日19日の午前中、新小岩のはずれで、名古屋の旧
制中学名古屋中学の同級生の告別式に参加してきた。享年、小生と同じ76才。戦後、
弓道の師範として、全国試合でも優勝したリ、大きな企業でも師範として活躍、また
カメラも一流で同窓会の写真をニコニコしてとってくれた優しい人柄であった。立派
な葬儀もさもあらんと思ったが、とりわけ、最愛の夫、父、祖父を失い、目頭に涙を
たたえた家族の姿が痛々しかった。家族に囲まれての病死であっても、人の死は残さ
れた遺族には悲痛なものだ。

 小生は、ふと、今度の”イラク戦争”で死んでいった、無数の無辜のイラク市民、
また、奨学金ほしさに酷暑のイラクで重装備させられ、憎しみ合う必要の全くなかっ
たイラク人と命をかけた戦いで、犠牲となった若いアメリカ兵のこと、そして家族の
嘆きなどを連想していた。

 帰路、葬儀に参加した他の2名の同級生と地下鉄の中で、戦時体験に花を咲かせた。
中学4年のとき勤労動員された豊田市の郊外の三菱の軍需工場でみんなが体験した話
しであった。M君は小高い岡の上にある工場での、アメリカの戦闘機による機銃掃射
は恐怖だったと語った。小生も、敵機来襲という叫び声とともに、トタンばりの屋根
にバリバリバリと銃弾が浴びせられ、夢中で林の中に逃げ込んだが。それでも戦闘機
は執拗に追っかけてきた。こんな恐怖の体験は、小生らの限られたものだけだったと
思っていたら、グラマンだのモスキートといった戦闘機に載った若いアメリカのパイ
ロットに、うさぎ狩りの対象にされたのは、級友の中でかなりの数に上っていたよう
だ。急にファルージャに対する激烈な空爆が身近に感じられた。

 話題は、あの頃の若いわれわれの飢餓にも近い空腹感に移った。クラスの元気印の
面々は「阿部君、みんなで蛇を捕まえてきて食べよう。行くかい」と誘ってくれたが、
小生は薄気味悪くて辞退した。今朝、会ったM君は「俺は行ったよ」と言ったので、
「あのときKは俺に『蛇は油がのっていて美味かった』と自慢話をしていたが、M君、
そんなに美味だったか」と聞いてみた。「いや、何も食べるものが無いので、食べて
はみたが、美味かったというものではないよ」という返事だった。それでも空腹だっ
たことは間違いなく、小生は気弱なグループの級友一人と真夜中に寮の裏手のしーん
と静まり返った沼のほとりに食用蛙を探しにいった。もちろんそんじょそこらで食用
蛙など見付かるわけはなく、苔の浮いた沼にぼーぼーと無気味な音を出した青蛙が目
を光らせて浮かんでいただけであった。

 あの頃の我々の切なる夢は、死ぬまでに、一回でもいいからカツレツを食べられる
だろうかという”大望”であった。戦後、1950年だったと思うが、小生の好きだっ
た、5つほど年上の俳優、鶴田浩二が、ある雑誌に「こうして美味しい酒を飲み、美
味しい料理を食べていると、ふとあの戦争で死んでいった戦友の面影が瞼に浮かんで
くる。こんな美味しいものを、あいつに食べさせてやりたかった」と書いていた。鶴
田は特攻隊で出撃する直前に終戦となった空軍パイロットだった。彼の歌い、科白を
語る「同期の桜」は胸に沁みて来る。

 大分脱線をしてしまったが、もう一つだけ付け加える。あの大戦の末期には、アメ
リカのB29の大編隊による日本の主要都市への爆撃も壮絶そのものであった。寮の
あった豊田の山奥の小高い丘の上でわれわれは、豪雨のように降り注ぐアメリカの焼
夷弾(日本のような木造建築を簡単に燃やすために製造されたと言われる)の下、一
週間位の間隔で、襲われた岡崎、豊橋、浜松など町並みに火の手が上がり、、たちま
ち、真っ暗の夜空に真っ赤な炎が燃えさかっていった。郷里名古屋が大空襲に見舞わ
れた翌日、名古屋に帰ってみたら、爆撃された所は一面広い焼け野が原となり、道ば
たに、黒くこげた”焼き芋”みたいに、人が死んでいたのが記憶に甦ってくる。

 あの夜空を赤く染めるぐれんの炎は、今のバグダード、ファルージャなどイラクの
姿と同じである。まるで地獄絵図そのものの炎の下、幼い子どもの悲鳴、子供を必
死に捜す母親たち、そして、瓦礫に挟まれた老人などの姿が浮かび胸がいたむ。

 つい戦争のことになると、あれもこれもと言いたいことが山ほどある。小生が絶叫
したいのは、安全保障だの国防などを論じる際には国会議員は、戦争になれば、日本
でもイラクでもまた、どんな国であれ、その犠牲者は、何の罪のない一般非戦闘員の
市民であるということ、そして戦闘が激烈であればあるほど、武器商人はにんまりほ
くそ笑んでいるという冷厳な事実であるということを認識して頂きたい。

 この点、小生が最近発行しているメルマガ「アラブ文化芸術情報」のNo3で紹介
した東映株式会社教育映画部が制作した『壮大なドキュメンタリー映画(全5巻)』
は必見です。
http://kasai-chappuis.net/阿部政雄/阿部政雄2004アラブ文化芸術情報.htm#阿部政雄20040906

 先制攻撃などする必要性のなかった国連憲章違反のイラク戦争で、どれだけイラク
が破壊され、どれだけ多くの罪のないイラク人が殺傷され、今なお”民主化”のお題
目の下、石油強奪のためのアメリカの占領は今なお続けられており、毎日毎日、異常
事態の中で、イラク国民は塗炭の苦しみを嘗めさせられている。

    パウエル米国務長官の大量破壊兵器の発見と断念と
     アナン国連事務総長のイラク戦争は国連憲章違反との明言 

 9月16日の毎日新聞は、「米英がイラク戦争開戦の根拠とした旧フセイン政権の大
量破壊兵器についてパウエル米国務長官が発見を断念する発言をしたのに続き、アナ
ン国連事務総長が開戦を「違法」と明言したことで、開戦を支持した小泉純一郎首相
の判断の是非が改めて問われることになった。首相は秋の臨時国会で苦しい立場に追
い込まれそうだ」と報じている。

 この大義なき「イラク戦争」への責任追求の火の手は、不当なアメリカのイラク占
領が続く限り、世界のあらゆる場所で、メラメラと燃え広がっていくことだろう。そ
れは、当然のことである。そしてそれは、国際戦争犯罪法廷の開会に向けて国際世論
が高まっていくであろうし、それは平和を求める国際社会の趨勢であろう。

 今後この国際戦争犯罪法廷の開廷までに、どれだけの日時がかかるか判らないが、
遅かれ早かれ、小泉首相にもこの歴史的国際法廷にブッシュ大統領とともにその盟友
(?)として出廷する日が来るであろう。

 もう手後れの感なきにしもあらずだが、日本の名誉のためにも、当面の日本国民に
とって「最も身近の義務」として小泉首相にこれ以上、日本の前途、日本国民に将来
に渡って犠牲を強いるような政策を独断専行させないことと思う。そのためには、来
る国会では、今度こそ、与野党が、将来に禍根をのこさないよう、イラク問題を徹底
的に討議して頂きたい。

 実は、3連休を利用して、国会議員のホームページを覗いてみようと心がけたが、
このネットサーフィンは大いに勉強になった。この人にはこうした知られざる優れた
一面があり、この人には、こうした人脈の繋がりがあるため、つい発言が少ないので
はないかなどと思ったりした。それにしても、あらゆる分野で活動する上で、メルマ
ガ、ホームページの有効な使い手である国会議員の方々の意見がよく判り、親近感が
ました。

 この観点から、さる9月13日の民主党党大会で、民主党のネクスト外務大臣に選
出された鳩山由起夫議員のホームページの「イラクの大義とされた大量破壊兵器の調
査断念について(談話)」は、この問題の重要性を浮き彫りするものと思った。

 鳩山議員は、パウェル米国務長官が明言したWMDの調査断念を紹介し、アメリカ
によるイラクとアルカイダとの結びつきの証明の失敗、ささやかれる石油利権などを
指摘したあと、ブッシュ大統領は、先制攻撃の根拠を国際社会にしっかりと説明すべ
きと述べ、次のように言明している。

    一方、小泉総理は、イラク攻撃に当たって、民主党の真摯な反対意見に耳を
    貸さなかったばかりか、独自の情報収集や分析もせず、不正確かつ恣意的な
    情報に基づいて、安易にアメリカのイラク攻撃を支持した。その責任は、極
    めて重大である。

    今や開戦支持の根拠は根底から崩れ、アナン国連事務総長も、イラク戦争が
    国連憲章に反する旨を言明している。国民に対して誤った説明を行い、イラ
    ク攻撃を支持した小泉総理自らの釈明を求める。政府は、過去のイラクによ
    る一連の国連決議違反を口実にしているが、まったく説明になっていない。
    来るべき臨時国会において、小泉総理の政治責任を厳しく問う。

    イラクは、未だ戦闘やテロが続き、民主党は、そのような地域への自衛隊派
    遣に対しても、開戦の経緯や憲法上の疑義等を理由に反対した。政府は、開
    戦を支持し、戦争の正当性のうえに立脚したイラク特措法を成立させ、危険
    な地域に自衛隊を派遣したが、今一度、国連憲章や憲法の精神に立ち返り、
    イラク問題への対処方策を根本から見直すべきである。
    http://www.hatoyama.gr.jp/cont03/fa_frame.html

 とかく、民主党の若手の中には、バランスを越えてアメリカとの親交を「身近な義
務」と考えているのではないか。日本国民の安全保障より、ネオコンの安全保障の方
を優先的に考えるようになってしまったら、われわれ日本国民と民主党の間隔はだん
だん遠くなってしまうのでないかと思う。政権奪取も「夢のまた夢」に終わりかねな
い。

 来年は1955年の歴史的バンドン会議から50周年記念の年に当たる。主権尊重、
内政不干渉、平和共存を訴えた平和10原則の原点に立ち返る必要がますます重要に
なってきたようだ。国民一丸になって、何よりも日本の主権を守っていきたいものと
思う。

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