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【第9夜】

『ナイルの岸』などエジプト、アラブをテーマにした日本の歌謡 (戦前編)

 日本の歌謡の中にアラブをテーマにした歌謡はどれほどあるだろうか。日本で歌われる外国の歌というと今やアメリカのポップスとか韓国メロディ-が圧 倒的だが、しかし、いろいろ調べてみると、大正時代の『月の砂漠』をはじめアラブ を主題にした日本の歌謡はかなりある。 「月の砂漠」(加藤まさと作詞、曲)も現実の砂漠とは懸け離れた幻想にすぎない と言う批判はあるが、夜の砂漠を歩むラクダの隊列がかもし出すロマンティシズムを たたえた名曲だとおもう。

しかし、何といっても大正ロマンの白眉として折り紙をつけたいのは、『ナイルの 岸』という歌である。この幻の名曲を5年がかりで探した結果、ようやく突き止める ことができたこの歌が、期待した以上に美しい曲であったこと大きな収穫であった。  

アントニオとクレオパトラの悲劇を唄ったこの歌は、大正12年頃女学生の間で最 高の人気のあった歌で、昭3年のレコードの発売以前なので、 時雨音羽、神長瞭月 の名コンビによるこの唄は、縁日などでバイオリン演歌師によって唄われていたとい う。   時雨音羽は大正末から昭和の中頃まで活躍した作詩家。神長瞭月は、街頭演歌に バイオリンの弾き語りを取り入得れたパイオニアである。   

『ナイルの岸』作詞 音羽時雨 曲 神長瞭月
1.ナイルの岸に 咲く百合の
花より赤き エジプトの
王と妃の 恋物語

2.今宵の月は 冴えたれど
心の闇(やみ)の やるせなく
故郷 恋しや ローマの里よ

3.匂える腕に 唇(くち)あてて
楽しき夢に 酔える時
にわかに起りし 叫びの声よ

4.ナイルの流れは 変らねど
変りし昔の 物語り
王と妃の 末路や哀われ  

短い歌詞の中にアントニオの望郷の念とクレオパトラの愛に生きる喜びが込められ ているこの歌は、大正ロマン調で寮歌のような響きも持つ。  

昭和3年、フィッシャ-作曲による「アラビアの唄」(堀内敬三訳)で、一世を風 靡した。日本に入ってきた初めてのジャス音楽という。このフィッシャ-の『アラビ アの唄』は本国のアメリカでは全くのマイナ-な曲として殆どの人に知られていなか ったのが、日本の音楽評論家(堀内自身だろうか)がそのレコ-ドを持って帰って紹 介したのが、予想以上に好評で流行するにいたったのも、哀調を帯びたメロデー を 好む下地が日本人の間にあったからであろう。
     
 砂漠に日は落ちて 夜となるころ というもの悲しいメロディである。     『キャラバンの鈴』 (歌、東海林太郎 )という名のキャラバンの歌である。「 男装の麗人」「東洋のマタハリ」として知られた川島芳子の作詞になる大陸メロデ- で、旅に出る恋人の乗るラクダに鈴をつけて彼の平安を祈るという叙情的な歌であ る。     

昭和13年に藤山一郎の歌った『エジプト夜曲』はとりわけ美しい曲で、小生は 渋谷の道玄坂にあるこうした古い懐かしい歌をあつめた『昔のうたの店」(tel.3463 -3951)でカラオケ仲間とともに歌っている。

『エジプト夜曲』 宮本旅人(詩)宮脇春夫(曲)藤山一郎 (歌)     
1.砂漠の彼方 はるばると           
沈む夕陽に キャラバンの
鈴も消えゆく丘のかげ           
おお 美わしの 宵のエジプト

また、「蘇州夜曲」、「何日君再来」といった多くの叙情的な大陸メロデーも広く 歌われたが、一方大陸に夢を賭ける「男一匹の唄」、「昆崙越えて」、「蒙古放浪歌 」等男性的な歌もあった。「男一匹の唄」は、戦後、岡晴夫が歌ってヒットした。  

こうした大陸への憧れは、戦後の1970年代のNHKの大型番組「シルクロードへ の旅」に引き継がれ、冠二郎「望楼の唄」にもそのメロデーがあらわれている。  

戦前、大陸メロディーが、日本で流行した背景には、息苦しい日本の社会的現実を 忘れるため、大陸や中東地域が日本人にとって何となくロマンチックな対象になって いたのではなかろうか。  

こうした大衆歌謡中には、忘れられ、消えていってしまうには惜しい優れた歌が数 多くある。日本歌謡の民族財産として残しておきたいものである。


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