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【第6夜】

今も生命力持つギルガメシュ叙事詩

古代オリエント文明の中で生まれた芸術は、取りあげきれないくらい多岐にわたる膨大なものであるが、そのうち私自身深い感動をもって読んだのが、『ギルガメシュ叙事詩』である。このギルガメシュの物語をアッシリア語から訳した矢島文夫教授によると古代オリエント最大の文学作品であるという。

この物語は、古代ギリシャの『オデッセイア』、中世ヨ-ロッパの『ロランの歌 』や『ア-サ-王と円卓の騎士』などと肩を並べ得る世界的な傑作といわれている。 生命の探究という人類永遠のテ-マを有した本格的作品が、約5000年前に作 られたという事実は驚きである。

哲学者・梅原猛教授(現日本ペンクラブ会長)もこのギルガメッシュ物語に出会 い、市川猿之助演出、平幹二郎主演による上演を想定して、『戯曲ギルガメシュ』を 著したのも、この作品にこめられた深い哲学に感動したためであったそうだ。  (1989年新潮社から出版。翌年1990年秋に予定されていた歌舞伎座での同 戯曲の上演も同年8月に勃発した湾岸危機のため、イラクの物語という理由で惜しく も延期されてしまった。)

この作品は、古代オリエントの物語のほとんどが宗教的なものであるなかで、人 間的感情を持つギルガメシュを主人公とし、高いヒュ-マニズムと芸術的感覚を備え た世俗的な文学作品である。

主人公はシュメ-ルの都市国家ウルクの王として実在性が高いとされているギル ガメシュ。三分の二は神、三分の一は人間の半神半人と描写されている。 彼は野獣のごとく強く、たくましく、暴君として国民を苦しめていた。神々は彼 をこらしめるため、牡牛のような力を持つエンキドウを送り、ギルガメシュと戦わせ る。二人は互角に戦った後、友情によって結ばれる。野獣のような生活をしていたエ ンキドウが娼婦と一夜をともにしてから、人間らしくなってしまったり、ギルガメッ シュの英姿に魅せラれて求婚する愛と逸楽の女神イシュタルを嘲り、退けるギルガメ ッシュの啖呵などまるで現代文学を読んでいるようである。

やがて、ギルガメシュとエンキドウとは力を合わせて森の神、フンババを倒す。 が、傷を負ったエンキドウが死に、友の死に直面したギルガメシュは、不死を得たと いう聖王ウトナピシュティムに会うために、山を越え、野を横切って、野牛や飢えに 苦しみながら旅をする。そして、ようやく王に出会い、不老の「仙草」が海底にある ことを教えられ、海に潜ってこれを手に入れる。

しかしギルガメシュが泉で水浴びをしている間に、この仙草を蛇に食べられてし まい、彼が「人間は死すべきものということを悟って帰る」(つまり、生あるうちに 最善を尽くせという哲学)ところで、この物語は終わるのである。

この物語には、森林伐採の上に築かれた都市文明への批判と、環境破壊を文明の 進歩とみなす現代工業社会の問題がすでに取りあげられている。 こうした深い思想がすでに五千年前に文学作品として結晶していることにわれわ れは謙虚に学びたい。  なお、筆者は梅原猛氏から『戯曲ギルガメッシュ』は中国語に訳され、数年前に 北京で中国の劇団によって上演されたと聞いた。この戯曲の日本での上演が近い将来 実現することを願ってやまない。

矢島教授の『ギルガメッシュ叙事詩』は、筑摩書房の世界文学全集の中の『古代オ リエント集』に収録され、山本書店からも出版されているが、1998年にちくま学 芸文庫(900円+税)として発行されたことは朗報である。  岩波書店からは1996年、月本昭男『ギルガメッシュ叙事詩』が出版されてい る。


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