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【第28夜】
ニューヨークの自由の女神
もともとスエズ運河にたてるために計画

 先ごろ百年祭を祝ったニューヨーク港の「自由の女神」像は、最初スエズ運河入 り口に建てるべくフランスの建築家フレデリック・バルトルディの着想に基づいて創 くられたものであることを御存じの方は、すくないでしょう。

 バルトルディは、l956年に初めて、エジプトを訪問し、古代エジプトの巨大な 遺跡と彫刻に圧倒され、その時、スフィンクスの二倍の大きさの自由の女神像を建造 しようと思い立ったといわれて言われ、元来はスエズ運河完成の暁に、「光をアジア にもたらすエジプト」と銘打ち、灯台を兼ねた巨像として設計したものでした。
 
 彼は、スエズ運河の開会式に参加、副王イスマイルに、スエズ運河河畔に、福王の ために、エジプトの近代化の象徴として記念碑を建造する計画を話しました。その巨 像のアイデアは、エジプトの農婦がランプを手に持った像でした。しかし、この計画 は、資金が思うように集まらず、スエズ運河に建立する計画は実現できず、やっと完 成されたのは、パリの万博の時にでした。

 この像がニューヨークに建てられたのは、1876年にアメリカ合衆国建国100周年を 祝すとともに、フランスがアメリカの独立戦争を助けたことを記念して、フランス国 民が募金によって作られたこの巨像を、アメリカに贈ったからです。パリ市グルネル 橋の下に立つ「自由の女神像」は、フランス革命100周年を記念して、「アメリカ・ パリ会」(パリ在住のアメリカ人たちによる組織)がニューヨークの巨像への返礼と して、フランス政府に寄贈された。作製したのは、矢張り バルトルディで、ニュー ヨークのものより小型であるが、同じくブロンズ製です。1889年11月5日に除幕が行 われ、考案者のバルトルディも出席しました。 現在パリ市のセーヌ川に架かるグル ネル橋の下に設置されていています。
高さ11.50m(台座を含め20.50m)、重さ14t。

 ちなみにバルドルディの巨像をニューヨークに移すに当たって肝煎りの労を取った
には、学士院会員の法学者で、エドワード・ドゥ・ラブレーで、その子孫のフランソ
ワ・ドゥ・ラブレーは、外交官として、駐日大使、駐米大使を務めています。

 1998年1月から1年間続けられた日本での「フランスの年」の象徴するモヌメ
ントとしてフランス政府から送られ、東京都のお台場マリーンパークに据え付けられ
たのがxセーヌ河畔の「自由の女神」の像なのです。約1000万の都民が訪れたと
いわれています。

日本のモダン・ダンスの大先輩、伊藤道郎も若いとき、エジプトを訪れ、その規模
の壮大なことに、胸を打たれ、芸術はここから始まったのだと、一時、エジプトに傾
倒して、創作舞踊を作っていたことがあった。

(主として小田基著『「自由の女神」の物語」(晶文社、1990年)など参照)


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